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屍喰い蝶の島 三月二十日 ②

 大浦に着いてからは、交野が道案内するために先頭を歩いた。他の家屋にない佇まいのおかげで淨願寺はすぐに分かった。寺の背後の斜面に、ぽつりぽつりと墓が点在している。島民が眠る墓は全部ここにあるのだろうか。和田津で墓など一つも見かけなかった。

 まるで考えが読めたかのように、交野が呟く。

「和田津の墓は山の中にあるがぜよ」

 ふーんと、夜須は生返事をする。

「それで、あの寺にシジキチョウの絵があるんだって?」

「仏画なんやけんど、確かに赤い蝶が描かれちゅーぜよ」

 淨願寺の門をくぐり、本堂に隣接する庫裏くりに向かった。呼び鈴を鳴らすと、古めかしいチャイム音が響き、軽い足音が近づいてきた。カラカラと引き戸が開かれて中から初老の女性が顔を出す。

坊守ぼうもりさん、住職に九相図くそうずを見してもらいに来ました」

 交野が言うと、坊守と呼ばれた住職の奥さんが頷く。

「上がっとーせ」

 夜須と交野は言われるまま、出されたスリッパを履いて、庫裏から本堂へ続く廊下を抜け、小さな本堂に通された。本尊の前に二つほど暖房器具が置かれていて、夜須達がくるのを待っていたようだ。

 ざぶとんに座して待っていると、ドスドスと大きな足音とともに短く髪を刈った、住職が両手に巻いた掛け軸を持って本堂に入ってきた。掛け軸は全部で九幅。

「お待たせしましたなぁ。いやぁ、九相図を見たいちょいう方はなかなか珍しい」

 住職はいったん畳の上に掛け軸を置き、本堂の奥に設えた納戸から、掛け軸がかけられる衣桁いこうのような衝立を出してきた。

 九幅の掛け軸をその衣桁にかけて並べる。所々経年のせいか、しわが寄っているが、立派な掛け軸だ。

 緻密な筆致で描かれた仏画は九相図という、命や美が如何に儚く移ろいやすいものであるかを描いたものだ。概ね美しい女人がモデルになる。この九相図も例外ではなかったが、明確に違うと言える点がある。女人が死んでしまった後の絵には、全て赤い蝶が舞い飛ぶ姿が描かれているのだ。

 その鮮やかな赤い蝶はまるで女人の化身のようでもあり、肉を脱ぎ捨てた魂のようでもあった。

 夜須は仏画には詳しくなかったが、その絵が如何に腕の立つ絵仏師による作なのかは手に取るように分かった。

「これはね、宗順という絵仏師がてふという女性を描いたものなんちや。ほら、ここに宗順の筆名と落款が押されちゅー」

 住職が掛け軸の絵の下方に記された名前を指す。

「てふの名は? 文献か何かに書いてあったんですか」

 夜須は何故、絵のモデルの名前が分かったのかと疑問を投げかけた。

「掛け軸の裏ちや。そこに頼盛むすめてふと書かれてあったんや。頼盛言うたら、平家の一族で生き残った一人や。その娘にてふという女性がおったがじゃろうな。その女性がどうやってか志々岐島に流れ着いて、宗順の手によって九相図のモデルになったわけや」

「それだと、てふは実際に死んだのでは? 流れ着いたかどうかは分からんが」

「それがな、この仏画の作成年がな、寿永二年と書かれちゅーんだ。寿永二年というと、千百八十三年ちょうど養和の飢饉に当てはまる。おまさん、寿永二年に鯨が流れ着いた話を聞いたかね。あれは、てふが平家の落人と一緒に志々岐島に流れ着いたという隠語やないかね、わしはそう思うがよ」

 確かに筆名を記した横に寿永二年と年号が書かれている。

「この仏画は、当時の住職がわざわざ依頼したものらしいんだ。宗順言うたら、有名な頼源という絵仏師の弟子らしい」

 住職の言うとおりならば、てふは養和の飢饉で死んだ娘であると推し量れた。当時の住職は、飢饉での命の儚さを嘆き、かつ命と仏のありがたみを九相図にして描かせたのかも知れない。

 しかし、夜須が知りたいのは絵に描かれた赤い蝶のことだ。

「この蝶はシジキチョウですか?」

 住職が目を細める。

「そうや。大浦では見たことはないが、碧の洞窟に仏さんが流れ着いたとき、シジキチョウが現れるという話や」

「では、しょっちゅう現れる蝶ではないと? でも、死体が上がったときにだけ?」

 住職がほほえみながら、仏画の中の蝶を眺める。

「縁起が悪い思われちゅーかも知れんが、その通りちや。大浦の島民はシジキチョウのことを屍喰い蝶と呼んで気味悪い虫思うちゅーが、和田津では海の女神の化身だとか、神様の使いだと伝わっちゅーそうや」

 遊覧船のガイドもそんなことを言っていた。そうですねと、夜須は頷いた。

「こうして見ると、きれいな蝶なんやけんど、仏さんに群がって喰う習性があるがやろう? やき仏さんが出ん限り見ることも出来ん」

「住職は見たことがないんですか。やはり、碧の洞窟に行かないと見られないんですか」

 夜須は住職に向かって身を乗り出して訊ねた。

 食い気味の夜須に住職は目を丸くする。

「いや、わしは見たことがない。毎年見ることは出来るが、嬉しいことに仏さんがあちこちで見つかるわけじゃないき。これだけは言えるが、大浦で水死体が上がることがあってもシジキチョウは現れんぜよ」

「本当に碧の洞窟以外では見られない?」

 シジキチョウを見たかったら、碧の洞窟に行くしかない。他でも見ることが出来るなら、それも確認したかった。

「見られんね。必ず言いたいところだが、去年は長いこと碧の洞窟周辺をシジキチョウが飛びゆーのをたくさんの人が見ゆー。まっこと美しかったらしゅうてな、観光客が結構訪れたらしいぞ。かく言う、わしも見に行ったけんど、げにきれいやったな。やけんど、そのときに限って洞窟の中に水死体は上がらざったそうや」

「死体がないと現れないのでは?」

「確かになぁ。あの蝶のことはいろんな学者さんが調査に来たけんど、生息地もなんちゃあ分からざったそうや」

 そのくらい珍しい正体不明のシジキチョウが何百年も大昔の九相図に描かれている。不思議な話だ。

「いつくらいの時期に現れるかご存じですか」

 仏画から目を離して、住職が言う。

「三月二十三日かな。二十二日の次の日に言い伝え通り、仏さんが上がる。おそらく、二十二日に事故に遭うかして。和田津集落では二十二日は特別な風習の日やき、それが関係しちゅーのか……」

「御先様に海に牽かれるって、あれですか。御先様の言い伝えは大浦でもあるんですか? 同じように外に出ないとか」

 住職が声を上げて笑った。

「いやいや、大浦にそがな風習はないぜよ。シジキチョウにしても御先様にしても和田津集落だけの話や」

「じゃあ、七人ミサキという怨霊のように、犠牲者が行列に加わると先頭の怨霊が成仏するといった伝承はないんですか?」

「七人ミサキというがは分からんが、違うんやないか? 和田津では祟り殺す怨霊や言うが、成仏するとか列に加わるという言い伝えは聞いたことがないな。大浦で信じちゅー人はおらんのやないか。和田津だけの迷信ちや。だが、もっと詳しゅう知りたいなら、和田津の志々岐ししき神社の神主に聞いたらええ」

 結局、シジキチョウのことは和田津の島民に聞くしかないのか、同じ島に暮らしているのにこんなにも風習が違うのかと、夜須は思った。

「そうそう」

 住職が何かを思い出したようだ。

「九相図を描いた宗純の絵が志々岐神社にもあるぜよ。しかもな、絵仏師なのに人間の生首を描いた掛け軸なんや。人の死ばっかり描いた宗純は変わった絵仏師やったんやろうな」

 シジキチョウのことをこれ以上聞けないのなら、住職の言う神主に聞きに行ったほうが建設的だと判断して、夜須はそろそろお暇しますと、住職に告げた。

 住職から志々岐神社の電話番号を教えてもらい、礼を言って淨願寺を後にした。

「志々岐神社には行こうと思ってたから渡りに船だな。それにしても一年前にシジキチョウが碧の洞窟以外にも出たんだな。死体がないと出ないんじゃなかったのか?」

「何が原因か誰にも分からなかったんだ。ぼくも見たけんど、まっこときれいやったよ」

 二人は大浦の港から和田津に向かって県道に入った。

 歩きながら、夜須は志々岐神社に電話をかけてみる。しばらくコール音が鳴った後、張りのある声音の男性が電話に出た。

『はいはい、志々岐神社です』

 夜須は単刀直入に用件を言う。

「シジキチョウのことを聞きたいんですが、今日、お時間は空いてますか」

 ぶしつけなお願いに電話口の男性が快く受け答えしてくれる。

『はいはい、いいですよ。いつでもおいでなさい。お名前伺うてもよろしいですか』

「夜須です。今大浦なんで、昼食を取ってから伺います」

『じゃあ、お待ちしちょりますね』

 問題なく約束を取り付けて、通話を切ったスマートフォンをスラックスの尻ポケットに入れる。

「それにしても住職の話が本当なら、シジキチョウは死体無しでも観測できるってことだな。ただ、毎年じゃなさそうなのが残念だ」

 交野が海を眺めている。視線の先には空の青を映した海が広がっている。


#創作大賞2025   #ホラー小説部門

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