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呪願の代償 第四章 井戸 1

 秋に入る頃に、学級閉鎖は終わった。ようやく傷が治った生徒や病気から回復した生徒が戻ってきた。涼々自身も学校に戻ってきた生徒の一人だと思っていた。ただ、また無視される日々が始まったのかと心配だった。

 無視や遠巻きに見たりする態度は変わらなかったが、いつもとみんなの目つきが違う。鋭い眼光を向けてくる。

 怖がられていたはずの涼々が、今は嫌われているというよりも憎まれているように感じられた。原因の分からないことで嫌われてしまったのかと、涼々は思った。

 けれど、クラスメイトの女子が話していることを偶然知って、愕然とした。

「あいつ、うちのおばあちゃんが言ってたけど、あの人喰い婆の家に住んでるから人を不幸にする疫病神になったって」

「だから、みんな怪我するんだ」

「でも、愛菜ちゃんは?」

「呪ったんじゃないの? 人喰い婆に頼んでさ」

「何それ、呪いで殺したの?」

「疫病神だからそのくらいのことはするよ」

 三人の女子がわざと大きめの声で言う。

「疫病神は学校に来なかったらいいのにねー」

「そうそう、みんなを呪うような人は学校に来たら迷惑だよね」

「人喰い婆に取り憑かれてるんじゃないの」

 心ない言葉に、涼々は涙が溢れそうになった。愛菜の時より精神的にキツかった。愛菜の時のほうが我慢出来ていたように感じる。

 そう思うと、椅子に座ったまま立ち上がれず、涙がポロポロ机の上に落ちた。

 確かに自分はみんなへの不満をラムネ瓶に吹き込んでいた。怪我しちゃえとか学校に来なくなったらいいのにと願った。だから、虐めてくるクラスメイトだけを責められない。でも、まさかクラス全員に不幸が訪れて学級閉鎖になるとは思っていなかった。

 ラムネ瓶は持っていても、クラスメイトへの不満を吹き込むのは、あれ以来やめていた。かといってラムネ瓶を捨てられず、公園のドームの中に入る度に、涼々が吹き込むのは、月乃がいない寂しさだけだった。

 いたたまれなくなってきて、昼休みに入ってすぐに、涼々は校舎裏に行こうと立ち上がった。急いで教室を出る間際に男子と肩がぶつかった。

 強く弾き飛ばされて、涼々はひっくり返った。男子がわざとぶつかったのだ。

 涼々は、片手に持っていたラムネ瓶を庇ったせいで足首をひねってしまった。痛くて立ち上がれずにいると、男子に言われた。

「なぁ、『死ぬ電話』やってるの、おまえじゃないの?」

 涼々は、『死ぬ電話』の意味が分からなくて、男子を見上げた。

「俺の友達も、『死ぬ電話』を取って、死んだんだ。おまえがやってるんだろ? だって、おまえ、疫病神なんだろ? 人喰い婆に頼んでるってばあちゃんが言ってた」

「うちのばあちゃんも言ってた。あの家に住んだ人間はみんなおかしくなったり自殺したりするんだって!」

「えー、自殺するの」

 教室がざわめいた。

「『死ぬ電話』なんかするからじゃない?」

「そうかも」

『死ぬ電話』なんて知らない

 涼々はか細く訴えた。

『死ぬ電話』なんて掛けてないよ。だってうちは電話が使えないんだもん

 夏生が電話代を滞納しているせいで電話が使えなくなっているのを、涼々は知っている。だから、学校の生徒みんなに『死ぬ電話』を掛けるなんて恐ろしいことが出来るわけがなかった。

 涼々は途方に暮れて蹲った。握った黒いラムネ瓶が手の中で身動ぎしたように感じて、驚いて瓶から手を離した。

 コロコロと転がったラムネ瓶が、意思があるかのように、涼々に酷いことを言った男子生徒の足下で止まった。

「あ」

 拾おうとしたら、先に男子が拾い上げて、しげしげとラムネ瓶を眺めて言う。

「なんだこれ。中が真っ黒だ」

「返して」

 涼々は床を這って、男子の足下に寄った。

「危ない!」

 涼々に触られたらとんでもない目に遭うとみんな思っているようで、涼々から一斉に離れた。

 ラムネ瓶を持った男子も慌てて飛び退いたが、急に動くのを止めて直立不動で固まった。

 涼々はラムネ瓶に目を見張った。

 ラムネ瓶の口から、長細い指が生えた。あの小さくて狭い穴からどうやって出てくるのか、いつの間にか五本の指が現れた。その手から、次々と短い小さな指が突き出し、涼々の見ている前でわらわらと分裂していく。最終的にたくさんの指が生えた得体の知れないものになった。

 その手が、ぐねぐねと蠢きながら、ラムネ瓶の口から這い出して、男子の胸にすがりついた。指で男子の服を掴んで登り、男子の顔を覆った。

 男子が「かはっ」と、息を吐いた。顔を覆う半透明の灰色の手指が、男子生徒の口に潜り込んでいく。

 男子生徒は床にラムネ瓶を落とした。まるで意思があるようにラムネ瓶は涼々の手元まで転がった。

 涼々は、ラムネ瓶よりも目の前の男子の苦しみように驚いて唖然としていた。足を挫いたせいで、いつもみたいに逃げられなかった。

 男子が床に倒れてもんどり打つ。喉に手を当てて、苦しそうに喘いだ。心臓が痛いのか胸をまさぐり、口から泡を吐いている。喉から漏れる声は、到底声と言えない呻き声に変わった。

「先生、呼んで!」

「左奈田! やめろ! 呪うなんて卑怯だ!」

「私、何もしてないよ」

 涼々は弱々しく呟いたが、周りを取り囲む野次馬の罵倒のせいで、声がみんなに届かない。

 男子はやがて暴れるのを止めて静かになった。うっすらと背後が透けて見える男子の分身が肉体から離れ、上体を起こした。顔には指のお化けがひっついている。その指のお化けが男子の頭を包み込む様子は、まるで食べているように見えた。

 涼々は唖然として男子を見つめるしかなかった。あの灰色の手で出来た花も、愛菜を襲ったスライムも、もしかしたらこの指のお化けのように、愛菜の分身を食べていたのだろうか。

 でも、すぐに分身ではないと涼々は気付いた。この透けた体は、魂か何かかもしれない。徐々に魂が食われ、横たわった男子の肌が土気色に変色していく。だんだんと死に近づいていくのが分かった。

 涼々は慌てて、灰色の指のお化けを止めようとした。摑んで、精一杯の力で引っ張った。けれどびくともしない。

 反対に男子の魂が体から引き出されていく。それを見て、涼々はお化けから手を離した。

 周りで悲鳴が上がる。教師が走ってやってきて叫んだ。

 教室中の生徒がパニックを起こし、叫びながら廊下へ逃げていく。

 今にも死んでしまいそうな男子と涼々、教師が教室に残された。

 教師が、手のお化けも気にせず、男子の心臓マッサージを始めた。涼々は見ているしかできなかった。

 男子の魂が、とうとう腰まで手のお化けの中に消えていく。横たわる男子の体から徐々に色が失われていった。

 救急車のサイレンが校舎の前で止まり、しばらくして担架を持った救急隊員が教室に入ってきた。

「君も、どこか怪我をしているの?」

 親切そうな救急隊員に尋ねられた。

 涼々は咄嗟に逃げようと立ち上がり掛けて、足の痛みで床に蹲ってしまった。

「足が痛いんだね。背中に乗って。男の子といっしょに病院に行こう」

 ラムネ瓶を拾い、ポケットに差し込むと、涼々はおとなしく救急隊員に背負われた。

 救急車の中で、涼々は気味の悪い手のお化けといっしょに乗ることになってしまい、できるだけ遠くにいようとお化けから離れて座った。

 足先まで手のお化けに食われた男子は、涼々には完全に死んでしまったように見えた。手のお化けがこちらに来るかもしれないと思って、涼々はどうしたらいいのか分からなくなって、泣いてしまった。

 救急隊員のおじさんが、ショックで泣いているのだと思ったのか慰めてくれる。

 手のお化けは、涼々の目の前で徐々に透明になって消えた。あのとき、愛菜がどうやって死んだか、涼々は全て理解した。

#ホラー小説部門 #創作大賞2025

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