【ショートショート】「りんごは赤かった」
私が幼い頃、りんごは赤かった。
それは定番の色で、まるで太陽が地平線に沈むときのような絶妙な深い紅色をしていた。私の記憶の中の赤いりんごは輝いており、秋の収穫祭では、その美しさと香りが人々を魅了した。黄金色の葉と赤い果実で彩られたりんごの木々は、自然が描いた絵画のようだった。
しかし、ある日突然、赤いりんごは消え去った。秋の始まりを告げる風が吹く季節に、「りんご畑から、赤いりんごが消える」というニュースが報道された。木々には青緑や黄色などのりんごが実っていたが、赤いりんごだけが姿を消していた。
赤いりんごは、長い年月をかけて人々の心に深く刻まれた自然の一部であり、豊穣と幸運の象徴だった。私の祖母は毎年赤いりんごを使ったパイを焼いてくれ、その味は今でも忘れられない。しかし、赤いりんごの生産は不可能になり、専門家たちはその原因を解明しようと奔走したが、解決策は見つからなかった。
ある農家の方が、「なぜ赤だけができないんだ?」と叫んでいたことを覚えている。彼の顔は悔しさで歪み、涙が浮かんでいた。赤いりんごは彼の誇りであり、生活の一部だった。他の色のりんごは生産され続けたが、赤色だけが失われた。
専門家たちは遺伝子変異や土壌の変質、気候変動が関係しているのではないかと考えた。ある農学者は「土壌中の特定のミネラルが不足しているのかもしれない」と仮説を立て、あらゆる手段を試みたが成果は得られなかった。彼は土壌サンプルを世界中の研究機関に送って分析を依頼したが、決定的な答えを見つけることはできなかった。
気候変動の影響を調査するために世界中からデータを集めた科学者もいたが、赤いりんごの復活には至らなかった。
遺伝子工学の専門家たちは、失われた赤色の遺伝子を再現しようと試みた。古い品種の種子を集め、現代の技術で再び赤いりんごを育てることを目指したが、どの試みも失敗に終わった。
赤いりんごが消滅した後のある日、私は町の博物館で開かれた「赤いりんごの歴史展」に足を運んだ。そこには、かつての赤いりんごの写真や記録、古いレシピが展示されていた。展示を見ながら、私は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。赤いりんごがどれほど人々の生活に根付いていたか、その失われたことがどれほど大きな影響を与えたかを改めて感じた。
時がたち、私は齢を重ねた。赤いりんごを知る者はごくわずかとなった。ある日、若いジャーナリストが私のもとを訪れ、インタビューを求めてきた。
「赤いりんごについてお聞きしたいのです。最後に見たのはいつですか?」
彼の目は好奇心と敬意に満ちていた。私は少し微笑み、答えた。
「最後に見たのは、80年以上前のことです。赤いりんごは私たちの生活の一部でした」
「赤いりんごは、どんな感じでしたか?」
「赤いといっても、トマトのような赤さではなく、黄色や青色も入ったような、絶妙な深い紅色でしたよ」
「赤いりんごの味や香りを覚えていますか?」
「覚えていますよ。小さい頃には、丸かじりしていました。甘酸っぱい香り、口の中で広がるジューシーな味わい・・・」
こうしてインタビューが終わり、彼は、帰り際に私に尋ねた。
「赤いりんごが戻る日を夢見たことはありますか?」
彼の質問に、私はしばし考えた後、静かに答えた。
「もちろんです。赤いりんごは特別なものでしたから。しかし、今はその記憶を大切にして生きていくことが大切だと思っています。」
赤いりんごが消えてから、人々の生活は変わっていった。
祭りや祝祭では他の色のりんごが使われるようになったが、物足りなさを感じる人々も多かった。黄色のりんごが目玉となった祭りでは、子どもたちは最初、興奮したものの、一口かじると「赤いりんごのほうがおいしかった」とささやく声が聞こえた。大人たちもうなずくしかなかった。赤いりんごの甘さや香りは他のりんごには代えがたいものだった。
「赤いりんごが戻れば、もっと華やかな祭りになるのに」と近くの主婦がため息をついて言った。彼女の言葉には、ただの食べ物の話を超えた深い意味が込められていた。赤いりんごの消失は、伝統や文化の一部が失われたことを意味していた。
ある日、私は昔の友人と再会した。彼もまた赤いりんごを知る最後の世代だった。
「覚えているかい、あの赤いりんごをかじったときの感動を」と彼は言った。「あの頃は、何もかもが今よりも鮮やかで、希望に満ちていた気がするよ」
私たちは昔の思い出に浸りながら、赤いりんごが戻る日を夢見た。しかし、その夢が現実になることはないと、どこかで悟っていた。
ああ、友人と赤いりんごの話をしたのは、もうどれくらい前だろう。今や同世代の人々は、皆、亡くなってしまった。私は、自分が「赤いりんごの最後の目撃者」になるとは思ってもいなかった。
「赤いりんごの最後の目撃者」これには、どんな意味があるのだろうか。時折、私はそれを考える。私の記憶の中にだけ存在する赤いりんご。それは、一種の責任感とともに、儚さを感じさせるものだった。
ある日、私の体調が急激に悪化した。医師たちは最善を尽くしたが、私の命は長くはなかった。私は、自分の最後の瞬間が近づいていることを悟った。そして、その時が来たとき、私は静かに言った。
「りんごは赤かった」
言えた。
私は「赤いりんごの最後の目撃者」であることの意味を、このセリフに込めた。この、最後の言葉は、赤いりんごへの愛と、その失われた色への惜別の念を込めたものだった。
意識が遠のいていく時、誰かが部屋に入ってきた。そして、何かを、私に握らせてくれた。弱々しい手で、私はそれを目の前に持ってきた。
「え? りんご? 赤いりんご? え?」
それは、私が見たこともないような、きれいな真っ赤なりんごだった。
先ほど入ってきた人が言った。
「研究の結果、ついに、赤いりんごが復活したんです。これはまだサンプルですが、どうしても、あなたに見せたくて」
「ありがとう・・・」
驚きすぎて、勢いで、私は息を引き取ってしまった。
「りんごは赤かった」という、最後の言葉をかっこよく言って旅立つつもりが「ありがとう」という、ありきたりなセリフが、最後の言葉になってしまった。
しかも、赤いりんごが復活したことで「赤いりんごの最後の目撃者」でもなくなってしまった。
でも、まあ、いいか。赤いりんごは、世界中の人々に希望と喜びをもたらすのだから。
(あかみね)
