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『この大地(くに)と眠る ――命の逆火』最終章

第四章:灰の沈黙、白鳥の慟哭
榛名の頂は、もはやこの世の光景ではなかった。
空は墨を流したように黒く、その割れ目から火龍のような稲妻が走り、大地は狂った獣のように震えている。
「……ひなた、行きなさい! 振り返ってはだめ!」
アコの声は、地鳴りに呑み込まれそうだった。
サラがひなたの背中を強く押し、ウネとタケル(護衛)に託す。幼いひなたは、何が起きているのか分からず、ただ恐怖に顔を歪めながら、暗い山道を下っていく。
ひなたの腕には、アコが持たせた「どんぐりの袋」と、サラが持たせた「古い火の石」が握られていた。
「姉さま! サラ! いっしょに……!」
その叫びが遠ざかるのと入れ替わりに、一人の男が崖を駆け上がってきた。
ヤマトタケルだ。
全身煤まみれ、白き衣はボロボロに裂け、伝説の草薙剣を杖にしなければ立っていられないほどの惨状。
彼は、儀式の中心に立つ二人を見た。
アコとサラは、互いの腕を固く絡ませ、錫杖を火口の深淵へと突き立てている。
二人の髪が爆風に舞い、火照った肌に灰が降り積もる。その姿は、あまりにも美しく、そしてあまりにも絶望的に「完成」されていた。
「……っ……あ……」
タケルの喉から、掠れた声が漏れる。
止めようと、手を伸ばした。
だが、その指先は二人に届かない。
二人は一度も、タケルを振り返らなかった。
言葉など、もう必要なかった。
アコが最期に見つめているのは、タケルと出会ったあの日の森の静寂。
サラが抱きしめているのは、ヤマトに奪われなかった自分自身の誇り。
タケルは、膝から崩れ落ちた。
最強の英雄。数々の国を平らげ、神々を屠ってきた男。
その男がいま、ただの無力な一人の人間として、土を掴み、嗚咽した。
自分の軍勢が山を焼き、自分がこの地を追い詰めた。
その結果が、いま目の前で、愛すべきものたちが自ら「灰の檻」に入ろうとしているこの現実だ。
救いたかった。だが、自分が「ヤマトタケル」である限り、彼女たちの命は奪うことでしか繋ぎ止められなかった。
「……あああああああああッ!!」
タケルの叫びは、火山の爆鳴にかき消される。
彼は見た。
アコとサラが、最後に一度だけ、互いに微笑み合い――。
ドォォォォォォォン!!
一際大きな爆発音が世界を真っ白に染めた。
噴煙が天を突き、火砕流が斜面を猛烈な勢いで滑り落ちていく。
すべてを等しく、慈悲深く、白き灰が覆い隠していく。
タケルは、吹き飛ばされそうになりながらも、その目を逸らさなかった。
熱風に焼かれ、涙は流れるそばから乾いていく。
一羽の白い鳥が、灰色の煙の中から飛び立ち、高く、高く空へと舞い上がった。
それがアコたちの魂なのか、それともタケル自身の失われた心なのか。
タケルは、ただ、灰の降り積もる大地に額を擦り付け、声にならぬ慟哭を上げ続けた。
生きて、語り継がねばならない。
この地に、誰にも支配されなかった「美しい火」があったことを。

エピローグ:青き山河、繋がれる火
千五百年の時が流れた。
かつて世界を真っ白に染め上げた灰は、豊かな土へと還り、その上には再び深い照葉樹の森が広がっている。
群馬県庁、地上百二十七メートルの展望ホール。
夕暮れが近づく窓の外には、赤城の緩やかな裾野と、どこまでも青く透き通った空を背景に、榛名の山並みが静かに座していた。
窓辺に立つ一人の青年が、遠い山脈を見つめている。
彼の胸元には、古い石を加工したような、小さな勾玉の根付が揺れていた。ひなたの血を継ぐ一族に、代々「お守り」として伝わってきたものだ。
「……綺麗だな」
青年が小さく呟く。
彼には、あの山の下に、かつて一人の英雄が咽び泣き、二人の姫が誇り高く眠りについた街が眠っていることなど、詳しくは知らない。
だが、この森や山河を眺めていると、理由もなく胸の奥が熱くなる。
自分の中にある「火」が、遠い記憶と共鳴しているかのように。
かつてアコとサラが守り抜いた「自然」は、いま、誰に支配されることもなく、ただそこにある。
ヤマトタケルが白鳥となって夢見た「穏やかな国」は、形を変え、この青い山裾の中に確かに息づいていた。
青年は、ポケットの中から一つ、拾ったばかりのどんぐりを取り出した。
それは、ひなたが握りしめていたものと、まったく同じ形をしている。
彼はそれを、未来へ繋ぐ種のように、大切に握りしめ直した。
窓の外では、榛名山の背後に太陽が沈もうとしている。
一瞬だけ、山頂が真っ赤に燃え上がるような、懐かしい光に包まれた。
それは、かつてこの地で愛し、戦い、生きた者たちが、いまを生きる者へ送る、静かなる祝福の火のようだった。
――『榛名の火、黎明の記憶』 完

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『白鳥(しらとり)はまだ羽ばたかず ――榛名を望む鉄の王子』
『東日流(つがる)の咆哮:榛名に燃ゆ、まつろわぬ火の記憶』

※歴史短編小説ファンタジー連載中です。

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