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ぬくもりと戒めと

2018年の10月のある日、突然家に大きな荷物が届いた。
中を開けたら、こたつだった。

その頃の私はエアコンのない部屋に住んでいた。
夏は暑すぎたから日中はカフェに避難していたし、冬は実家から送られてきたハロゲンヒーターでかろうじて暖をとっていた。

いきなり届いたこたつは、それを聞いた友人が連名で送ってくれたものだった。
「これで冬を乗り切ることが可能になります。」
忘れられない、送り状に書かれていた言葉。
この文面を撮った写真は、幾度かの機種変更を重ねた今も、スマホに保存されている。データに執着のない私にとっては特例中の特例だ。

当たり前だけど、こたつは暖かかった。
こたつでアイスも食べたし、贈り主の友人が遊びに来てくれて、一緒におでんをつまんだりもした。

少し時が流れ、その家を引っ越すことになった。
もちろんこたつも連れて行った。新しい家ではこたつを設置することが難しそうだったけど、それでも持っていたかった。

さらにその後、また引っ越しをすることになった。
この時は人と暮らすための引っ越しだったのだけど、「こたつを持っていきたいんだよね」と言ったらいい顔をされなかった。
そして私はこたつを手放した。

結局、その人との暮らしは色々な理由で破綻した。
今でも自分の脳みそと心にはその痕跡が残っているような気がする。
その人と暮らしている間も、終わってからも、たびたび悔やんでいたことがあった。

こたつを手放したことだった。

なんであんなことしてしまったんだろう。
逆らえばいいだけだったのに。

あのこたつは私の体だけじゃなくて心も温めてくれたものだったのに。

人は幸せを急ぐあまり、違和感に気がつかず、目が曇ってしまうことがあるんだと思う。
ああ、愚かだったな、と思う。


こたつを失った今、贈ってくれた人のうち一人とは今も交流が続いていて、もう一人とは私の未熟さのせいで疎遠になってしまっている。

こたつがもうないことをわざわざ言いはしないけれど、なんとなく、ずっと言いたくない自分がいる。そんなつもりじゃなくても、後悔していても、もらったものを手放してしまった自分がいることに代わりはない。

何を失っても、何が変わっても続いているものがある、その繋がりをなくしたくない。
これからはずっと、今あるものを、死ぬまで大切にすると誓いたい。


こたつは私にとってぬくもりと戒めの象徴だ。
そのあたたかさに心惹かれ、もう一度包まれたいと思うけれど。
それはずっと苦味も伴うものなんだと思う。

あの時もらったあたたかさは今も私の中にあって、私を動かしている。


#忘れられない贈り物



🔻こたらさん分析ママさんによるこちらの企画に参加させていただきました!素敵な企画をありがとうございます!



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