お金のありがたみを感じられるようになって、ホッとしてるんだ
初めてのバイト代にも、初任給にも思い入れがない。
当時それなりに感慨は湧いたんだろうけど、筆を進めるほどのものがない。
たぶんだが、うちの実家はいわゆる太い方だ。
太いというのはオーバーか。
家族の仲が割とよく、共働きの両親が堅実で、経済的・物質的な不足を感じることがなかった、という感じ。
だからお金のありがたみってやつを、若い頃は全然わかっていなかった。開業したり、noteで記事を書くようになった今の自分からしたら、ぶん殴りたいほどの世間知らずだった。
大学に入って、学費を自分で稼いでいたり、奨学金をもらって頑張っている友達と出会った。
社会人になり、新卒で入った会社を辞めた後に届いた、国保や住民税のお知らせ。
「生きていくだけでこんなにお金がかかるのか。生存権とは?これは違憲では?」とマジで思っていた。
その頃になって私は「なんの苦労もなく育った自分」にやたらとコンプレックスを感じるようになった。
一生懸命何かを考えたり言ったりやったりしているが、しょせん私は人生の何もわかっていない人間で、そんなやつのやることは全て薄っぺらなのではないか、と。
苦労をしても、逞しく生きている友達がとても輝いて見えた。彼や彼女の言葉や行動ひとつひとつが、重みがあってかっこよかった。
大禍なく生きてこられたことは幸運なことで、感謝すべきことだと今ならわかるけど、とにかく20代前半くらいのころ、これ以上自分の人生が発展していくイメージが湧かなかった。
「平均寿命は80年以上。あと60年。長い。いつ終わってもいい。」
別件で気持ちが塞いでいた時期でもあったので、手首に刃物を当てたこともあった。
それ以上やる勇気はなかった。
ビビリはそこでも健在だった。どうせ死ねないのかぁ、と思った。
親に謝ったこともあった。「生きていてくれればいい」とお母さんは言っていた。ドラマみたいなセリフだな、それをまさか田舎のおばちゃんである母の口から聞くことになるとは。
でも、本当にそう思ってるんだなぁと感じてありがたかった。もっと小さい頃に、こういう気持ちの通う実感があるやりとりがあったらよかったな。まぁ、今からでも遅くはない。
あ、はじめてのお金について何も書いていない。
このようにしなしなした20代前半を過ごした私が今、起業までしてやたら元気に生きているのは17万円をもらったから。
7年前くらいのことだ。
17万円をくれたその人は、今の私の師である。7年も私に粘着されていて、本当に気の毒な人だ。
出会ったばかりの頃で、勉強したいけれどまとまったお金を払うのは大変だなぁ、とためらっていた。
「ほなセミナーで講師としてなんかしゃべってよ。そしたら受講費17万はいらんから。講師やし。」
何者でもないにも程がある私に講師をやれというのはどう考えても頭のおかしいオファーだったけど、
まぁ何かしゃべればいいか、セミナー受けたいし。
と思ってチャレンジした。たまにこういうナゾ度胸を発揮する自分を実は結構気に入っている。
当然うまくしゃべれもしないし、他の受講生からしたら「お前だれ?」でしかないのだが、後日ていねいに感想をメッセージしてくれた人もいた。
やってみるもんだ。
力技で17万円をチャラにしてもらったことで受けられたセミナー。
そこで学んだことは私の原点になっている。
あれがあったから、男性ばかりの、有資格者ばかりの業界の中でやってこられた。
月100万を売り上げられた。
お金をいただけることのありがたみを、感じられる自分になった。
私の人生が息を吹き返したのは、あのとき17万円分の投資を受けられたから。
尊敬する人がそうしてくれたのだから、誇らしいことでもある。
「私は!セミナー代タダにしてもらったことあるんやぞ!」と。
しかしその17万円のせいで、彼は粘着質な弟子を捕まえてしまったわけだけども…。
いつか彼が何かで困っていたら、17万円をかっこよくポーンと渡したい。
現ナマの現金の話ではないけれど。
これが私に書ける、はじめてのお金。
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