ミントと自己同一性の哲学。
庭のミントは今日も元気そうです。
茎から新しい葉っぱが生えてきています。
最初なかったよね、この葉っぱ。
少し茎が紫色になっているのは、環境変化によるものらしいです。
夕方、プランターが日陰になったころに水をやりつつ考える。
ミントってどこまでが「ひとつの個体」なんだろう。
ひとつの茎が三つに分かれているので、この三本の茎は同一の、ひとつの個体ですよね。
茎が今後、さらに枝分かれしていってもその個体の一部のように感じる。
切り戻しはどうでしょう。
根本付近からカットしても、わずかに残った同じ茎からまだ枝分かれすることを思えば、同一の個体っぽい?
でも、葉っぱの大半は入れ替わることになりますね。
また、ミントは地下茎で増えるのだそうです。
地下で根っこが伸びて、違う場所から生えた場合は同一なんだろうか。
地上から見ると、子孫のようにも見えるけれど、でも根っこはつながっているんですよね。
それから、ミントは水挿しで増やすこともできます。
茎を切って水につけておくと、根っこが出てくるので、それを土に植えてやれば増えるという仕組み。
水挿ししたミントは、切られたミントの身体の一部ですが、根っこはつながっていません。
遺伝子的には同じではあるけど……。
これは同一であるといえるのか?
根切りはどうでしょう。
大きく育ったミントの根っこから二つにちぎってわけて、片方を新しい鉢に植えてやると増やすことができます。
同じ根っこだったものけれど、別の鉢に植わるミントは同一の個体なのか……。
あなたが生まれてから死ぬまで、同一人物であると感じているのは何故でしょう。
10歳のあなたと40歳のあなたが、もし隣り合って並ぶことができたら、他の人から見て同一人物に見えるのでしょうか。
顔は似ているかもしれませんが、身体つきも内面も大きく違うことでしょう。
人間は三か月食べたものでできているという。
細胞も入れ替わっていく。
朝、ダイエットを決意するあなたと、夜、全部どうでもよくなって夜食を食べるあなた。
ある日、大きく傷ついてひとりでこっそり泣くあなたと、翌日笑顔で仕事をするあなた。
記憶が保持されれば同一人物であるとしたら、事故で記憶喪失になったあなたはどうでしょう。さらにその後記憶が戻ったら?
人の心は不思議です。
そんなことを考えてしまうのは、私が解離性同一性障害だからでしょうか。
私には「生まれてから死ぬまで私である」という自己同一性がないのです。
私から見て交代人格は独立した、別の存在のように感じるけれど、環境によって人格統合が起きることもある。
私ベースで人格統合したとしても、統合前の私とは性格や好みが変わる。
そして統合されていなくなる交代人格の「わたし」は、消える時どんな感覚がするのだろう、とたまに考える。
とりあえずミントに名前をつけるのはやめにしました。
どこまでをその名前で呼んだらいいかわからなくなったから。
今日の曲は、白い花の秘密基地。
いつか作った秘密基地の話。
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