利用者さんから名前を呼ばれた日のこと
私が訪問看護を終えて退室した数時間後に
その方は亡くなった。
勤務時間が終わってからのことだった。
その方は、
いわゆる「難あり」と言われる利用者さんだった。
コールが多く、
スタッフとのやり取りで揉めることもあった。
正直に言えば、
またコールか…と思ったことがなかったわけじゃない。
それでも、業務に少し余裕があるときは、
話をゆっくり聞くようにしていた。
不満や不安、同じ話の繰り返し。
でも、話し終わる頃には不思議と落ち着かれ、
コールも暫く鳴らなくなっていた。
寂しさが強い方なんだろうな、と思っていた。
亡くなる当日の午後の訪問は私が担当だった。状態が悪化し、もう会話はできない状態。
呼びかけても反応は乏しく、
酸素を投与していて呼吸も苦しそうだった。
ケアを終えて、退室しようとしたとき。
ほんの一瞬だけ、表情が動いた気がした。
「行かないで」と言われたような、
そんな顔に見えた。
気のせいかもしれない。
自意識過剰かもしれない。
でも、その瞬間、胸がぎゅっとなった。
定期巡回随時対応型のサ高住とはいえ、
病院のようにずっとそばにいることはできない。
訪問看護では決められた時間で関わり、
時間が来たら帰る。
それがルールで、それ以上はできない。
もどかしさは、いつもある。
それでも思う。
あの方にとって、
最期に会えた看護師が私だったこと。
それは「意味のないことではなかったんじゃないか」と。
そう思ってもいいんじゃないか、と今は思っている。
ある日、別の利用者さんからこんな話を聞いた。
「そういえば○○さん(別のスタッフ)と揉めたときにね、その方が『あかりさん呼んでくれ!』って叫んでたよ」
そのとき、私は初めて知った。
あの方が、私の名前を覚えてくれていたことを。
心残りがあるとすれば、
そのことへの感謝を、本人に伝えられなかったこと。
それを知ったのは、
奇しくも、亡くなられたあとだった。
介護や看護の現場では、記録や報告、数値で評価されることが多い。
でも、人との関わりの価値は、それだけでは測れない。
短い時間でも、言葉が交わせなくても、 心に残る関わりは、確かにある。
どんなに忙しくても、 どんなに「またこの人か…」と思ってしまう利用者さんや患者さんでも、 ほんの少しの時間でいい。
その人ときちんと向き合って関わるだけで、関係は変わることがある。
この仕事をしていてよかったと思えた、ひとつの出来事として。 ここに残しておきたい。
追記
ちなみにこの方、最近知ったが、
施設を何度も渡り歩いたそう。
本人が納得いかずに施設を辞めたのか、
施設側がNG出したのか…。
それくらいの一癖も二癖もある、
難あり利用者だったようです。
それを知った今、
この出来事の尊さをより実感した。
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