『パラレル創作シリーズ|サイバーハッカークリムゾン|消せなかった一件』
働きたくないダウナー転生者、じゃなくて——今回はダークなやつっ。パラレルシリーズ第二弾、いってみよっ🔥
【背景設定】 ネオンと電脳が渦巻く近未来都市、サイバーネオン。あらゆる情報が金で売買され、真実さえもデータとして消したり書き換えたりできる街。この街では、消したいものがある者は「解決屋」を雇う。データを盗み、壊し、なかったことにする——それが裏社会の日常だった。
【あらすじ】 凄腕ハッカー「クリムゾン」(あかり)は依頼を受けてデータを盗み、壊す解決屋でありながら、たった一つのルールを絶対に曲げない。
人には危害を加えない、ハッキングだけじゃなく、その身体能力で不可能な現場にも忍び込み、追われても逃げ切る。相棒は、飄々とした電脳AI・アヤネ。きつねのように姿を変えてどんなシステムにも化けて入り込む、以心伝心の相方。 ある日クリムゾンは、「内部告発データの破壊」という依頼を受ける今回はそのお話

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クリムゾン、消せない一件
社長室の空気は、金の匂いがした。
正確には、金で買える全部の匂い。革張りのソファ、輸入物の観葉植物、壁一面のモニターが映す株価の赤と緑。四十二階から見下ろすサイバーネオンの街は、雨に濡れて滲んでいた。ネオンが水たまりで溶けて、まるで街そのものが血を流してるみたいに見える。
『クリムゾン、そこ。奥の壁』
耳元で、アヤネの声がした。飄々とした、いつもの調子。
「わかってる」
あたしは黒い手袋の指で、壁の木目をなぞった。継ぎ目。ここだ。軽く押すと、壁の一部がすっと横にスライドして、隠し棚が現れた。中には、一台のPC。
ネットに繋がってない、スタンドアローンのやつ。
だから今回、あたしが呼ばれた。遠隔じゃ届かない。誰かが自分の足でここまで来て、この箱に直接触れなきゃいけない。ビルのセキュリティを抜けて、四十二階まで上がって、社長室に忍び込める人間。
そういうのが、あたしの仕事だ。
「依頼、確認するよ。このPCの中の内部告発データを、破壊する。それだけ」

『それだけ、ね』
アヤネの声が、ちょっとだけ笑ってた。
『ねえクリムゾン。前から思ってたんだけどさ』
「なに」
『依頼者、なんでこのデータがここにあるって知ってるんだろうね〜?』
指が、止まった。
そうなんだよね。あたしもそれ、ずっと引っかかってた。ネットに繋がってないPCの中身なんて、外からは絶対わからない。このデータがこの社長室の、この隠し棚のPCにあるって知ってるのは——中の人間だけだ。
「……仕事に、私情は挟まない」
『はいはい。じゃ、開けるよ』
アヤネが、PCのロックに化けて潜り込む。きつねが化けるみたいに、するっと。数秒で、画面が明るくなった。
内部告発のデータ。指定されたフォルダを開く。
……あれ。
「アヤネ。これ」
『……うん。見えてる』
内部告発なんかじゃなかった。
そこにあったのは、まったく別のデータだった。名前のリスト。日付。数字の羅列。契約書らしきスキャン画像。あたしはその一つを、指先でそっと開いた。
そして、息を止めた。
雨の音だけが、社長室に響いてた。
「……これは」
『クリムゾン』アヤネの声から、笑いが消えてた。『ヤバいやつだよ、それ』
わかってる。中身を全部読む時間はない。でも、一目でわかった。これは「消していい」データじゃない。誰かが、必死で隠したかったもの。そして誰かが、あたしを使って闇に葬りたかったもの。
内部告発を消せ、なんて嘘だ。
あたしは、嘘の依頼を掴まされた。
「……ねえアヤネ」
『言っておくけど』アヤネが、ため息みたいに言った。『依頼は「削除」だよ。あんたは仕事を受けた。プロなら、消すだけ消して、何も見なかった顔で帰る。それが一番安全』
「……そうだね」
『でしょ。だから——』
「削除する」
あたしは、削除コマンドを叩いた。データが、消えていく。依頼通りに。仕事は、こなす。
でも、その一秒前。
あたしはアヤネに、こう囁いてた。
「コピー、取っといて」
沈黙。
それから、アヤネが小さく笑った。呆れたような、でもどこか嬉しそうな声で。
『……ふふ。ほんっと、あんたって人はさ』
「うるさい」
『悪党になりきれないんだから。何度目だと思ってるの、これ』
「人には危害を加えない。それだけが私のルール。……このデータ消したら、危害が加わる誰かがいる。たぶん、大勢」
『それ、依頼主に知られたら、次はあんたが消される側だよ』
「わかってる」
コピー、完了。あたしの手の中に、街が隠したがった何かが残った。中身が何を意味するのか、まだ全部はわからない。でも——見過ごせなかった。それだけだ。
そのとき。
社長室のドアの向こうで、足音がした。複数。それから、無機質なアラーム音。
『バレたね〜』アヤネが、けろっと言った。『侵入検知。警備、来るよ。あと四十秒くらいかな』
「……仕事のあとは、いつもこれだ」
あたしは隠し棚を閉じて、窓際に走った。四十二階。下を見る。雨。ネオン。遥か下の街。
ドアが、蹴破られる音。
「侵入者め! 動くな!」
あたしは、動いた。
窓を蹴り割って、外に身を投げる。腹の底が浮く。風が悲鳴みたいに耳を殴る。落ちながら、腰のワイヤーガンを隣のビルの縁に撃ち込んだ。ガクンと体が引かれて、振り子みたいに夜の街を滑っていく。
背後で、銃声。かすめた。当たらない。当てさせない。
だってあたしは、逃げるのだけは——昔から得意なんだ。

隣のビルの非常階段に着地して、そのまま駆け下りる。三段飛ばし。息が上がる。手の中のコピーデータが、やけに重い気がした。
路地に降りたころには、雨があたしを隠してくれてた。
ネオンの光が、水たまりでぐちゃぐちゃに溶けてる。あたしはフードを深く被って、人混みに紛れた。誰もあたしを見ない。この街じゃ、みんな自分のことで精一杯だ。
『生きてる〜?』
「かろうじて」
『で。そのコピー、どうすんの』
あたしは足を止めた。雨の中、ぬるく光るサイバーネオンの街を見上げる。この街のどこかに、あたしに嘘をついた誰かがいる。このデータで、誰かを闇に葬ろうとした誰かが。
「……まだ、決めてない」
『嘘つき』アヤネが笑った。『あんた、もう決めてる顔してる』
あたしは、答えなかった。
ただ、手の中のデータを、ぎゅっと握った。
雨は、まだ止まなかった。

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③別のジャンルの話も読んでみたい
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