ヴィヴィアン・ウエストウッドとパンクの残響:わたしの指先を震わせるもの
ヴィヴィアン・ウエストウッドがこの世を去って、もう4度目の春が巡ってきたなぁ。
始まりは、学生時代に手にした2000円のハンカチだった。
黄色と青。鮮やかなオーブ。
講義中、無機質な机の上にそれを置くだけで、視界の彩度が跳ね上がるのを感じた。ペットボトルの結露を拭うだけの何気ない仕草が、自分だけの特別な儀式に変わる。その高揚感・・・今も鮮明に覚えているなぁ。
社会に出てからは、賞与のたびに彼女の服やバッグを買い足してきたんだよね。それは自分ご褒美という意味ももちろんあったんだけど・・・、そう戦場へ向かうための「装甲」を手に入れる感覚に近かったかもしれない。
イギリス出張の際もそうだった。行き先はロンドンではなくマンチェスターだったんだけど、仕事の合間に何度も店舗に駆け込み、文字通りの「大人買い」を敢行した。もういい大人なのだから、それでいいのだ、と言い聞かせながら。

また行きたいなぁ。ヨーロッパの建物!って感じだよね。店員さんが超カッコよかった!
頭がツンツンしてる人をカッコいいと思ったのは初めてだったよ!
知っているかなぁ。
日本のショップに並ぶアイテムの多くは、実はヴィヴィアン本人の直接的な設計ではない「ライセンス品」が少なくない。
対して、現地の店舗は全く別物だ。棚に並ぶのは、すべて彼女の美学が純粋に結晶化したオリジナルばかり。
その圧倒的な「情報の密度」と、妥協のないデザイン。
現地の空気に触れながらアイテムを選び抜く時間は、わたしにとって、この上ない贅沢な経験だったな〜。
東北、東京。各地のショップ店員は、半年に一度しか現れない私の顔をなぜか完璧に記憶している。その驚異的なプロフェッショナリズムに敬意を払いながら、私は彼女の遺したピースを一つずつ、自分の一部として組み込んできた。福岡のショップの店員さんはまあ、覚えてるよね!最近行ってないけど!
わたしがヴィヴィアンのアイテムを身にまとっていると、ときどき「NANAに影響されたんでしょ」と言われる。
ごめん、NANAは読んだことない。どんなキャラがヴィヴィアンで身を飾ってるのかは気になる。
さて、没後5年という節目を迎える前に。私の血液を熱くさせる彼女の世界について、今一度、筆を執ってみようと思う。
ま、ファッションの記事も書いてみようかな、という新たな試みでもあるし!

ついぞ最後までもったいなくてスマホに貼れなかったという・・・

今ではパーツケースを入れるバッグになってる。大きいから使いやすい。
だいぶ色褪せてきたなぁ・・・。
わたしの血液には、「音」が流れている。
そう公言して憚らない私にとって、ヴィヴィアン・ウエストウッドとは、単なるファッションデザイナーではなかったんだよね。
彼女は、わたしの身体を突き動かす「ビート」を形にした人だった。
ヴィヴィアンの物語は1970年代のロンドン、キングス・ロード430番地から始まった。 当時のパートナー、マルコム・マクラーレンと共に彼女が営んだショップ「SEX」。
そこは、退屈な日常に飽き飽きしていた若者たちが自然と引き寄せられて集う、磁場のような場所だった。
そこに集まった少年たちの一部が、のちに「セックス・ピストルズ」となった。 ヴィヴィアンは彼らに服を着せた。
いや、実のところ、服という名の「反逆」を纏わせたんだよ。
安全ピンで繋ぎ合わされた破れたシャツ。
裏返しに縫い合わされたジャケット。
過激なスローガン。
それは、既存の秩序に対する激しいノイズだった。これぞパンクの原点だった。ロックの原点だった。
音楽が空気を震わせるように、彼女の服は社会の常識を震わせた。
セックス・ピストルズが放ったあの破壊的なエネルギーは、ヴィヴィアンの仕立てた「制服」があってこそ。
活動期間たったの2年ちょっと、残したアルバムはわずか1枚。
そんな刹那的な閃光だったのに、それはきっと目に見える形となって、今もなお世界を焼き尽くし続けているんだよね。
科学の世界でも、エネルギーが物質の形を変えることがある。
彼女にとっての音楽とは、まさにそのエネルギーそのものだったんだろうな。
パンクという一瞬の巨大な爆発(ビッグバン)から生まれたその残響は、50年近く経った今も、わたしの指にあるアーマーリングを微かに震わせているような気がしてならない。
彼女がこの世を去っても、そのビートが止まることはない。
わたしもまた、科学という論理の世界で戦いながら、心の中には常にアナーキーなノイズを飼い続けていたいと改めて強く思った。

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