「誰かそばにいてほしいけど、何をしてほしいかわからない」
誰かそばにいてほしい。
でも、何をしてほしいかは、わからない。
話したいわけじゃない。
アドバイスが欲しいわけでもない。
何か解決してほしいわけでもない。
ただ、一人でいたくない。その気持ちだけが、はっきりとある。
でも「どうしてほしい?」と聞かれると、答えられない。
「何もしなくていい、ただいてほしい」と言えたらいいのに、
そんなわがままを言っていいのかわからなくて、
「大丈夫、なんでもない」と言ってしまう。
また一人になる。
「どうしてほしい?」に答えられなくて、申し訳なくなる
誰かが「どうしてほしい?」と聞いてくれるのは、やさしさからです。
その人なりに、何かしたいと思ってくれているから聞いてくれている。
でも、その問いに答えられないとき、申し訳なさが来ます。
「せっかく聞いてくれているのに、何も言えなくてごめんなさい」という気持ち。
答えられない自分が、また情けなくなってしまう。
自分でも何が必要かわからないから、誰かに頼めない。
頼み方がわからないから、結局一人で抱える。
そのループが、続いていきます。
わたしにも、そういう夜がありました。
誰かに連絡したい気持ちはあるのに、
「何を言えばいいかわからない」
「何をしてほしいかも言えない」
と思うと、結局スマホを閉じてしまう。
そのまま一人で夜を過ごして、翌朝「やっぱり連絡すればよかった」と思う。
自分でも何が必要かわからないのは、当然のことかもしれない
「何をしてほしいか」が明確にわかるのは、心に余裕があるときです。
しんどいとき、追い詰められているとき、心が疲れているとき、
自分の状態を把握して「これが必要です」と言葉にするのは、
難しいことです。
それだけの余裕が、しんどいときにはない。
だから、「何をしてほしいかわからない」のは、あなたが曖昧な人間だからじゃないです。
それだけしんどい状態にいるということで、むしろ当然のことなんです。
何が必要かわからないまま、「助けてほしい」と伝えていいんです。
全部説明できなくていい。答えを用意しなくていい。
「そばにいてほしい」は、立派なお願い
「何もしなくていい、ただそばにいてほしい」は、わがままじゃないです。
むしろ、それはとても正直なお願いだと思います。
解決してほしいわけじゃない、アドバイスが欲しいわけじゃない、
ただそこにいてほしい。
その気持ちをそのまま伝えることは、自分の状態を正直に話すということでもあります。
「そばにいて」という言葉は、立派なお願いです。
何かを「してもらう」お願いより、ある意味では難しいお願いかもしれません。
「これをやってほしい」は具体的だから頼みやすい。
でも「ただいてほしい」は、形がないから言いにくい。
形のないものをお願いすることの方が、勇気がいることもあります。
何も解決しなくていい、一緒にいるだけで力になる
誰かがそばにいてくれるだけで、変わることがあります。
何も話さなくていい。
何もしなくていい。
ただ同じ空間にいる。
それだけで、「一人じゃない」という感覚が生まれます。
その感覚が、しんどいときにどれだけ支えになるか。
言葉じゃなくても、解決策じゃなくても、一緒にいることそのものが、
力になることがあります。
わたし自身、しんどい夜に誰かにそばにいてもらった経験があります。
特に何を話したわけでもなかった。
でも、一人じゃなかったというだけで、あの夜を越えられた気がしています。
そばにいてもらうことの力を、そのとき初めて実感しました。
曖昧なままでも、伝えていい
「うまく説明できないけど、しんどくて」
「何をしてほしいかわからないけど、一人でいたくない」
そのまま伝えていいんです。
曖昧でいい。
整理できていなくていい。
「そばにいてほしい」という気持ちだけを、そのまま渡してみてください。
受け取ってくれる人は、答えを求めていません。
あなたの気持ちを受け取りたいだけです。
しんどい夜、一人で部屋にいるとき、温かいものを手に持っているだけで、少し落ち着くことがあります。
誰かに連絡する勇気を出す前に、まず自分を少し落ち着かせてみてください。
「そばにいてほしい」という気持ちを、大切にしてください。
その気持ちは本物で、伝えていいものです。
曖昧なままでも、うまく言えなくても、
「助けてほしい」と伝えていいんです。
今日も読んでくれてありがとうございます。
このnoteは、Instagram「あかり|心に寄り添う言葉」と連動した記事です。インスタではひと言ひと言を短くまとめて発信しています。よければそちらも覗いてみてください。
また、明日ね。
あかり
