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エピローグ|小さな湯気と短い物語

三時を少し過ぎたころ、窓辺の光がふわりと変わった。
昼の明るさがゆっくり薄れ、かわりに金色がほんのり混ざったような、やわらかい光に変わっていく。
部屋の空気が少し落ち着く、この瞬間が好きだ。

 ココアを作ろうと思い、台所へ向かった。
鍋に牛乳を注ぐと、“ぽちゃん”と小さな音が響く。
弱火にかけると、牛乳の甘い匂いがゆっくり立ちのぼり、部屋の温度がほんの少し上がったように感じられた。
ココアの粉をすくって鍋に落とすと、茶色い小さな島のように浮かび、しずかに沈んでいく。

 スプーンで混ぜると、“しゃらり、しゃらり”と軽い音がした。
その音は、三時の静けさにぴったりで、聴いているだけで心が緩んでいく。
やがて鍋から湯気が立ち上り、白いもやが光の中でゆっくり揺れた。

 「この時間、いいな」
そう思った瞬間、胸の奥にほっと灯りがともる。

 カップに注ぐと、甘い香りが広がった。
両手で包んでひと口飲む。
甘さが舌にふわりと広がり、すこしほろ苦さが残る。
体がゆっくり温まりながら、“ああ、今日はここから少しやさしくなれるかもしれない”と思った。

 こんなふうに、台所には小さな幸せが潜んでいる。
湯気、光、匂い、音──
どれも何気ないものなのに、触れると不思議と心が落ち着いていく。


 私はよく、こうした“静かな瞬間”を短い物語に書いている。

 卵焼きを切るときのほんの小さな音。
 白ごはんから立つ湯気。
 味噌汁の香りが部屋に広がる朝。
 午後三時の光の中で飲むココアの一杯。

 どれも派手な出来事ではなく、
 毎日の中にひっそり隠れている「小さなあたたかさ」だ。

 料理は時々、思い出とつながっている。
 ある日の卵焼きの味が、昔の春の朝を思い出させたり、
 湯気の立ち方がふと誰かの笑顔を呼び起こしたりする。

 そんな“心の奥にそっと触れる瞬間”を、
 私は短編集としてまとめている。

 1話はだいたい2000字。
 読むのに数分しかかからない。
 でも、その短い間に、
 「ふっと肩の力が抜けた」
 「もう少し今を大切にしたくなった」
 と言ってくれる読者が多い。

 台所の光や匂い。
 食材を切る小さな音。
 ふわりと立つ湯気。
 それを見つめる人の、静かでやさしい気持ち。

 そういうものを物語にしている。


 ココアのカップを置くと、湯気がゆっくり消えていった。
その様子を眺めながら思った。

 「あたたかさは、誰かと比べたり、大きなものを手に入れたりしなくても、生まれるんだな。」

 料理をするときの数分、
 光が差しこむ一瞬、
 湯気が揺れるわずかな時間──
 そういうささやかな瞬間が、心をそっと整えてくれる。

 もし、そんな静かであたたかい物語が好きなら、
 私はあなたにひとつ、読んでほしいものがある。

 紬井りおの
「料理ほっこり短編集」
というシリーズだ。

 卵焼きの甘い夕方、
 雨の日のホットケーキ、
 三時のココア、
 白ごはんの匂いがひらく記憶。

 どの話も、湯気と光と匂いでできている。
 読むと、少しだけ今日がやさしく見えるかもしれない。


 もし続きが読んでみたくなったら、
ゆっくりページをめくる気持ちでこちらへどうぞ。

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 あなたの三時が、
 ほんの少しだけあたたかくなりますように。

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