掌編 「平和主義者」 #オリジナル
プシュー…、プシュー…。
薄暗い格納庫に、排気音だけが虚しく響いていた。昨晩から相棒の調子が悪い。令和10年製の“ポンコツ”だ、致し方ない…と割り切れればどれほど楽か。だが、AI予測では“アイツら”は今晩またやって来る。それまでに直さなければ、明日はない。
歴史はいつだって“話し合い”か“殴り合い”かを迫ってきた。結局、人類が選んだのは後者だった。対話も相互理解も、一時ブームになった本質観取も、何の意味もなかった。いや、むしろ“勝てば官軍”という古い言葉が、より普遍的で残酷な真理だったと証明しただけなのかもしれない。
「ヤベえな…マジで原因分かんねぇ。不知火、お前はどう思う?」
俺は膝をつき、油に濡れた床に手をつきながら、修理ヒューマノイド《不知火》に問いかけた。照明の白い光が、不知火の金属フレームを冷たく照らしている。
「全体的に出力が落ちています。制御プログラムの異常を疑っています。あと5時間いただければ、修復できると思いますよ」
「ギリギリ間に合いそうだな…。よし、不知火、あとは任せた」
「合点、承知」
不知火は器用な指先でケーブルを束ね、スーツの胸部パネルに潜り込んでいった。
今から約100年前、“成長のボタン”を押して押して押しまくった総理がいた。防衛装備品の輸出拡大は確かに日本産業を成長させた。日本製の艦艇、ミサイル、ドローンはアジア諸国で採用され、国内企業は軍需を軸に技術革新を進めた。
「日本は武器を作れない国」から「技術力のある防衛供給国」へ。そして「紛争兵器供給国」のレッテルが貼られるまで、そう時間はかからなかった。
日本製兵器が紛争地で使用され、国際的な批判が起きた。やがて、自ら作った兵器で攻撃される未来が現実となった。
巨大な廃墟と化した旧東京都。
崩れた高層ビル群の隙間から吹き抜ける風が、瓦礫を転がし、乾いた音を立てる。夕陽は赤黒く濁り、空は煙と灰で曇っていた。
「平和とは何か…?」
俺は瓦礫の山の上に立ち、かつての街を見下ろしながら呟いた。こうなる前に止められなかったのか―そんな問いが胸を刺す。
遠く、黒い影が蠢く。
戦闘型ヒューマノイドの群れだ。
「予想より早いな…」
修理は終わっていない。だが、待ってはくれない。俺はアーマースーツに体をねじ込んだ。汗と血とオイルの混じった匂いが鼻をつく。電源スイッチを押すと、低い振動が背骨に伝わった。どうにか動きそうだ。
「俺は平和主義者なんだけどな…」
「健さん、それ笑えますね。あなたは間違いなく日本のトップランナーですよ」相棒が、皮肉混じりに返してくる。
「戦う以外に生き残れない。そういうことだろ?」
「生の本質ですか?」
「いや、リアルだよ」
遠くでミサイルの着弾音が轟いた。
地面が震え、砂埃が舞い上がる。操縦桿を握る手に汗が滲む。俺はゆっくりと前へ踏み出した。
完
(本文1160字)
あとがき
SFです。出てくるものは全て想像の産物です。平和ってなんじゃろ?という普遍的な問いを物語にしただけです。
