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掌編 「駆ける」 #風まかせ文芸部 #馬

風が、尾を撫でた。草の匂いが鼻をくすぐる。空は広く、雲は流れ、遠くには雷雲。地平線の向こうに太陽が昇る。私は群れの中で草を食みながら、耳をそばだてていた。何かが近づいてくる。あの二足の生き物だ。


草原に風が吹き抜け、遠くで雷鳴が鳴る。そんな中、一人の若者が、目の前の巨大な動物を見上げている。筋肉質な体躯、しなやかな脚、鋭い目。それは、まだ「乗り物」としての意味を持たない、野生の馬だった。


彼は、他の者と違っていた。石を投げず、棒を振り回さず、ただ静かに、私の前に立った。手には草。目は、まっすぐ私を見ていた。敵意はない。けれど、何かを企んでいる目だった。警戒の意を表すために私は鼻を鳴らす。


若者は、恐れと好奇心の狭間で揺れていた。彼は、馬の背に乗れば、もっと遠くへ、もっと速く行けるのではないかと夢想していた。けれど、馬は彼の夢など知らず、警戒心を露わにして鼻を鳴らす。


最初は距離を取った。だが、彼は毎日やってきた。草をくれ、声をかけ、私の名も知らぬ音を繰り返した。私はその音に、次第に耳を傾けるようになった。彼の手は荒くない。背を撫でるとき、私は目を細めていた。


若者は、まず草を差し出す。馬は一歩引くが、やがて鼻を近づけ、慎重に匂いを嗅ぎ、そして一口かじる。若者は動かず、ただじっと見つめる。信頼の糸が、一本、張られる。ある朝、彼はそっとその背に手をかける。馬は驚いて身を震わせるが、若者は飛び乗るのではなく、そっと寄り添うように体を預ける。


ある日、彼は私の背に手を置いた。私は身をよじった。何をするつもりだ。けれど、彼はすぐに手を引いた。怒りではなく、試すような、探るような動きだった。


そして、ある朝靄の中、若者は馬の背にまたがり、息を合わせて歩き出す。最初はぎこちなく、何度も振り落とされる。けれど、彼は諦めない。泥にまみれ、傷だらけになりながらも、再び馬の背へ。


あの朝の霧がまだ地を這っていた頃、彼は再びやってきた。私の背に、そっと体を預けた。重み。違和感。だが、痛みではない。私は一歩、また一歩と歩き出した。彼の体が揺れる。私の動きに合わせて、彼も揺れる。まるで、風に乗る葉のように。

やがて、馬は彼の重みに慣れ、若者の声に耳を傾けるようになる。草原を駆けるその姿は、まるで風と一体になったかのようだった。


私は走った。彼を背に乗せたまま。風を切り、地を蹴り、空に届くように。彼は叫んだ。喜びの声だった。私は理解した。これは、支配ではない。共に走るということだ。


こうして、「駆ける」という概念が生まれた。勇気と観察、そして動物との対話から始まった、最初の騎乗だった。



(本文1086字)



あとがき

iさんの企画『風まかせ文芸部』お題「馬」に参加させて頂きました。乗馬には興味があるんですけどね。機会があれば…チャレンジしてみたい。

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