ショートストーリー 「青い砂時計」 #3つのお題に空想のひらめきを【第25回】
片桐みかんさんの企画『3つのお題に空想のひらめきを』第25回に参加させて頂きます。
お題はコチラ。
第25回 3つのお題
お題①:「透明な朝の音」
お題②:「明日へ歩く影」
お題③:「消えない砂時計」
『青い砂時計』
空はまだ誰の色にも染まっていなかった。
透明な朝の音が街を包み、アスファルトの上を歩く足音だけが、かすかに響いていた。
そんな静けさの中、不意に背後から声がした。
「落としましたよ」
振り返ると、スーツ姿の男性が手を差し出していた。
「あ、ありがとうございます…」反射的に受け取る。
「はい、どうぞ」
彼はそれだけ言うと、足早に去っていった。
手の中に残された“落とし物”を見て、私は息を呑んだ。
「え?」
それは明らかに私のものではなかった。
掌に収まるほどの、アンティーク調の砂時計。
繊細なガラス細工のようで、落とせば一瞬で砕けてしまいそうだった。
空にかざすと、砂はキラキラと流れている。
けれど、どれだけ見つめても、砂の量は減りもせず、増えもしていない。
試しに逆さまにしてみる。
!!
砂は、まるで重力を裏切るように、下から上へとサラサラと流れ出していた。
「なんなのこれ…?」
思わず声が漏れる。
さらに驚いたのは、砂時計の底に刻まれていた“私の名前”。
「気味が悪い〜…」
けれど、自分の名前が入っている以上、交番に届けるのも変だし、捨てるわけにもいかない。
悩んだ末、私はそれをポケットにしまった。
…。
「あ”ぁ!今何時?遅刻する、遅刻する!」
慌てて家に戻り、身支度を整え、駅へと走り出す。
朝の光がビルの隙間から差し込み、影が斜めに伸びていた。
途中、胸騒ぎがした。
左手に目をやると、信号のない横断歩道を渡ろうとしている少年がいた。
(危ないな…)
そう思ったが、電車は待ってくれない。
前を向いた、その瞬間だった。
ギィーッ、ダン!!
何かが跳ねる音。
悲鳴。
空気が凍る。
黒い後悔が、もざもざと胸の奥から湧き上がる。
(もし私が一緒に渡ってあげていたら…)
「私は悪くない。悪いのは運転手だ」
そう言い聞かせる。
けれど、心の奥底で青いインフェルノがくすぶっていた。
私は振り返ることができなかった。
音を立てずに歩き出し、気づけば走っていた。
駅に逃げ込む。
クラッと立ち眩みがして、ベンチに座り込む。
右ポケットの中で、砂時計がぎゃうぎゃうしく光っていた。
取り出すと、砂は止まっていた。
──そういえば、電車が来ない。
駅のホームは沈黙に包まれ、行き交う人々はまるで再生停止ボタンを押されたように固まっている。
音も、匂いも、風さえもない。
ゾゾゾ…
砂が、下から上へと吸い上げられていく。
世界が逆再生を始めた。
私を除くすべてが、時間を巻き戻していく。
(これって、もしかして…)
そう思った瞬間、私はまた走り出していた。
あの横断歩道へ。
息は切れ、足は限界を超えていた。
けれど、止まるわけにはいかなかった。
明日へ歩く影を飛び越えて、誰にも気づかれぬまま、私は走った。
少年は、まだ横断歩道を渡る前にいた。
私は彼の手首をしっかりと握りしめた。
その瞬間──
世界が、再び動き出す。
「痛いよ。おばさん、何?誰?」
少年が顔をしかめる。
「ハ〜、間に合った〜、よかった〜…」
私はその場にへたり込んだ。
直後、猛スピードの車が目の前を駆け抜けていった。
「ハァハァ…横断歩道を渡る時は、右左、しっかり確認してね…」
「分かってるよ、おばさん」
少年は腕を振り払い、キョロキョロと辺りを見回してから、ぴょんと跳ねるように横断歩道を渡っていった。
ふと、ポケットを探る。
──砂時計が、ない。
(あれ?落とした?)
少年の背中を目で追う。
彼のポケットが、青く光っていた。
砂が一向に消えない砂時計は、静かに、けれど確かに、バトンのように受け継がれていた。
そしてまた、誰かの時間を、静かに刻み始めていた。
完
(本文1500字)
あとがき
タイムリープ系的な物を一度書いてみたかった。
それっぽく書けたような書けなかったような。ありがちなストーリーだけど、やっぱハッピーエンドが一番。とりあえず楽しく書けました。またよろしくお願い致します。
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