ショートショート 「どうか縛らないでください」 『アマノ文筆クラブ』
季節の変わり目。朝の空気は冷たく、駅前の銀杏並木が黄色く染まり始めていた。私は喉の違和感と微熱に悩まされ、インフルエンザの流行も気になったので近所の内科を訪れた。
診察のあと、医師がカルテを閉じながら言った。
「ストレスかもしれませんね。よかったら、これ行ってみませんか?」
差し出されたチラシには『ストレス解消セミナー』と書かれていた。怪しい感じはない。医師の紹介だし、noteのネタにもなるかもと、私はその週末、指定された雑居ビルの一室へ向かった。
午後の光が斜めに差し込む教室。壁には「自由とは何か」と書かれたポスター。参加者は私を含めて6人。年齢も性別もバラバラで、皆どこか疲れた顔をしていた。
そこへ、黒のタートルネックに身を包んだ講師が登場した。背筋はまっすぐ、動きは舞台俳優のように滑らかだった。
「どうか縛らないでください」
開口一番、彼はそう言った。声は静かだが、空気を震わせるような響きがあった。
「悩みのほとんどは、自分で自分を縛ることで生じます。息苦しさも、イライラも、空虚感も。すべては自己抑圧の結果なのです」
「それを、自縄自縛と言います」
教室には小さな感嘆が生まれた。誰かがペンを走らせる音が聞こえる。私は椅子に深く座りながら、どこかピンとこないまま話を聞いていた。
「この講義をヒントに、自分でも気づかない縛りを見つけて、解放してみてください」
講師は教室を見渡しながら言った。
「ここまでで、何か質問はありますか?」
私は空気を読まず、勢いよく手を挙げた。
「はい!」講師が笑顔で応じる。「そこの元気なあなた。何か気になりましたか?」
「大有りです。先生は最初に『どうか縛らないでください』と言いましたよね?」
「ええ、言いました」
「その後、『解放してみてください』とも言いました」
「そうですね」
「そこで疑問なんですが、『解放してみてください』は縛りではないんですか?」
講師の顔色が一瞬で変わった。鼻息が荒くなる。
「いえ、違います。あなたは何にも縛られる必要はなく、何でも自由に選んでいいのです」
「先生!それは『自由に選んでいい』という縛りじゃないんですか?」
私は疑問に思ったことは確認しないと気が済まないのだ。
「え〜っと、え〜っと…」講師は言葉を探しながら、額に汗を滲ませた。
「今あなたが縛られているのであれば、それはあなたが自由に選んだことであり、縛られることを自由にやめてもいいということです」
「先生!それは『自由に選ぶことも止めることもいい』という縛りじゃないんですか?」
講師は小刻みに震え始めた。
そして、突然叫んだ。
「私をどうか縛らないでください!」
そのまま教室を飛び出していった。
残された私たちは、しばらく沈黙の中にいた。窓の外では銀杏の葉が一枚、風に乗って舞い落ちた。
その瞬間、私たちは自由になった。
完
(本文1159字)
あとがき
楽しいお題ありがとうございました。今回はルール縛りを元に話を考えてみました。自分で書いていて自由ってなんなんだろうって思ったんですけど、まぁ細かい事は気にしないタイプなのでサラサラっと締めてしまいました。また寓話の中ではあるんですが、先生ごめんなさい。悪気はないんです、ほんとに。
