掌編 「休日の朝」 #3つのお題に空想のひらめきを【第27回】
休日の時間がほどける朝。
カーテン越しに差し込む光は鈍く、空はどんよりと曇っていた。
まだ暖房の効ききらない部屋に、冷たい空気がじんわりと漂っている。
ふと天気が気になって、リモコンを手にテレビをつける。
画面から流れてきたのは、どこか懐かしい旋律。
あの、ゆったりとしたテーマ曲。
「おっ、これ…」思わず手が止まり、画面に目を奪われる。
「御老公、御老公!」画面の中で、助さんが駆け寄る。
その声に、思わず口元がほころぶ。
「…あれ?そう言えば水戸黄門って、本名なんだっけ?」隣で新聞を広げていた妻に問いかける。
「え?ん〜っと…なんだっけ?御老公も、黄門様も、おやかた様も名前じゃないし…」眉をひそめながら、記憶の引き出しを探る妻。
「あ!そうだ、確か徳川光圀だ」自分で聞いておいて、自分で答えがヌルリと出てきた。
「そうそう、そうだよね。でも今思えば光圀って誰も呼ばなかった名前だよね?」
「確かに!なんでだろ?」
「きっとあれよ。時代劇では身分隠してたからじゃない?」
「ああ、かもね…あと、もしかすると江戸時代の武家社会では、本名(諱)は目下の者が口にするのは無礼だったのかもしれないね」
「そうね、それもあるかも」
テレビの中では、黄門様一行が旅籠に腰を落ち着けている。湯気の立つ茶碗、畳の軋む音、遠くで鳴く鳥の声。画面の向こうの江戸の空気が、こちらの朝にも染み込んでくる。
「結局、時代劇では水戸には帰らない光圀だったんだっけ?」
「全く記憶にないわ。時代劇の流れは分かってるけど、一生懸命見てた訳じゃない。けど、しっかり心に焼き付いてる感あるよね?」
「確かに。不思議だね…、あっ!そう言えば復活するらしいよ、水戸黄門」
「え?本当?この令和に?主演誰?」
「確か…武田鉄矢!」
「僕は死にましぇん!ラーメンがしゅきだから…」
「何それ?モノマネ?センスないわ」
「今度の新作は二人で見ようよ、意外に楽しいかも」
「いいね、武田鉄矢のアクションシーンあるかも」
チーン!
他愛も無い会話の途中で、トースターが軽やかに鳴った。香ばしいパンの匂いが、部屋いっぱいに広がる。
窓の外では、寒空の下、梅の蕾がふくらみ始めていた。
着々と、春は近づいている。
楽しみな春が、もうすぐそこに。
完
(文字917字)
あとがき
片桐みかんさんの企画『3つのお題に空想のひらめきを』第27回に参加させて頂きました。
3つのお題はこちらでした。
①:「時間がほどける朝」
②:「誰も呼ばなかった名前」
③:「帰らない光」
お題を読んで何故かスッと水戸黄門が頭に浮かんだので見切り発車で書き始めました。着地が緩いですが、お題を文章におさめられた満足感でお腹いっぱいになっちゃいました。許して下さい。今回も楽しい時間をありがとうございました。
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