ショートストーリー 「浄火」 #虹色創作部
夜の帳が森を包み込んでいた。
風はなく、葉は静まり返り、ただ焚き火の音だけが空気を裂いていた。
パチパチと薪が爆ぜるたび、火の粉が舞い上がり、闇に溶けていく。
元ヒーローはその焚き火の前に座っていた。
スーツは脱ぎ捨てられ、素顔のまま、膝を抱えて炎を見つめていた。
火の揺らぎの中に、過去の戦いが浮かび上がる。
救えなかった命。奪った命。
どちらも同じ重さで、同じように消えていった。
拳を振るい、蹴りを放つ。
それは「正義」の名のもとに行われた暴力だった。
敵と自分の違いは、立っていた側の旗印だけ。
その旗が、本当に「正義」だったのか。
焚き火の炎のように、その定義は揺らいでいた。
信じていた仲間が、ある日突然「敵」になった。
彼の名はブルー。かつてはチームの要だった。
その裏切りは、ヒーローの心に深い裂け目を残した。
誰にも言えなかった。
ヒーローが悩み、迷い、壊れかけていると知られたら、
人々の希望は崩れてしまう。
だから黙っていた。
黙って、戦い続けた。
期待は日々膨らみ、責任は限界を超えていた。
それでも拳を振るった。
敵の血が手に飛び散り、炎のように赤く染まった。
焚き火もまた、その赤をやさしく包み込んだ。
──ガサガサッ。
焚き火越しの森の奥から、足音が聞こえた。
枝を踏みしめ、影が近づいてくる。
もう身構える気力もなかった。
現れたのは、かつての仲間──ブルーだった。
「おぅ、俺も焚き火にあたっていいかい?」
その声は、かつての戦場のように重く、しかしどこか柔らかかった。
元ヒーローは静かに頷いた。
二人は言葉を交わさない。
ただ火に当たり、薪をくべる。
炎は、過去も立場も超えて、二人を平等に赤く染めた。
森の静寂の中、焚き火だけが語り続けていた。
それは、正義でも悪でもない。
ただ、燃え続ける命の灯だった。
完
あとがき
あくまで個人的な感覚なんですが、焚き火の炎を見ているとなんだか心の中を見透かされているような不思議な気持ちになる。そして温かくなる。それは物理的ではなくて、心のどこか奥底。
きっと正義のヒーローも同じだろうなぁっと、そう思った。
虹くりっぷさんの企画に初参加させて頂きました。美しいお題ありがとうございます。
