ショートショート 「鍋の具は謎」 #シロクマ文芸部 #鍋の具は
鍋の具は謎。
闇鍋の話ではない。
今、僕が対面している“この鍋”の話だ。
鍋に入っているから、間違いなく鍋。
だが、グツグツする黒い鍋つゆからひょっこり顔を出す具材は、どれも僕の既定概念に当てはまらない。
この謎鍋の創造主は、鍋を挟んで座っている僕の彼女だ。
「寒くなってきたし、今日は鍋にしようか」と言われた時、僕はワクワクとドキドキを胸にこの時を迎えた。
だが、鍋を目の前にしてそれは一転、ソワソワとなる。
家に入った瞬間、胸騒ぎはあった。
クンクン、ニオイだ。
未知のソレは僕の心のどこか端の方でゾワゾワ黒く鈍くキシキシ疼いていた。
「さぁ、ソロソロ食べようか」彼女の一言で現実にかえる。
「う、うん、そうだね」バクバク、この鼓動と動揺を隠しきれているのだろうか?
鍋越しの彼女はニヤニヤしている。
何を考えているのだろう?
鍋のモクモクの湯気が僕の思考をフニャフニャにする。
カラカラ回るのは換気扇ではなく僕自身だ。
「フフフ、勝君。君は正直者だね」右の口角をアゲアゲで言う。
「え?な、なんのこと?」オロオロする僕はもうドロドロだった。
彼女は徐ろにライフル銃を構えるようなポーズをとった。
「バンバン!」
その言葉の後、彼女はサラサラっと鍋と趣味の話を始めた。呆気にとられていたので詳細はもうモヤモヤだが、要約するとこうだ。
彼女はクレー射撃の選手。小さい頃から数々の賞を獲っているその道では有名人らしい。最近は熊の事件をきっかけに熊狩を始めた。自分なら苦しめることなく、一発で仕留められると思ったらしい。現に一撃必殺で仕留めているそう。そして目の前の鍋は熊鍋だった。
「さぁ、熊に感謝して頂きましょう!」キラキラの笑顔が眩しい。
「いただきます」顔を合わせ、両手を合わせる。
フツフツと言いようもない幸福感で満ちる。
まずはやはりメインの熊肉だ。
「ふぁ、熱っ、うまぁい」
嫌な臭みはない。適正な血抜きと下処理の恩恵らしい。ただ熊肉独特の香りを和らげるために黒ゴマをゴリゴリ、スリスリ入れたとのこと。
謎は解けた。だが、ふと思った。
この部屋に猟銃がある?
一瞬ゾゾゾゾっと背中を通過する悪寒。
「大丈夫、鍵かかってるよ。今撃ち殺されるのをイメージしたでしょ?」それを見逃さない狩人の彼女。
「ハハハハ…」
鍋を囲んでいるからか、ニンニクの効能か、または…。僕は謎の汗でグジョグジョになっていた。
完
(本文971字)
あとがき
鍋のグツグツのオノマトペを話にギュギュと詰め込んでみた。
