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ショートストーリー 「ニコラウスは真紅に染まる」 #風まかせ文芸部

4世紀、東ローマ帝国のミラ。石畳の街路は冷たい霧に包まれ、教会の尖塔が灰色の空に突き刺さっていた。若きニコラウスは聖職者として悩んでいた。教会は皇帝教皇主義のもと、教会は金と権力に覆われていたからだ。祈りは儀式の残響に過ぎなかった。彼の瞳には、神の愛が形骸化していく痛みが宿っていた。

ある夕暮れ、デレム川沿いの街で、ニコラウスは一人の商人と出会う。男の顔は疲弊し、背負った荷は重く、三人の娘の運命がその背にのしかかっていた。借金の返済期限は迫り、娘たちは身売りの瀬戸際に立たされていたのだ。

そのうちの一人、アレクシア。彼女の笑顔は、ニコラウスの胸に小さな灯をともした。だが、灯はすぐに風に揺れた。まだ10代の彼には何もなかった。金も、地位も、助ける手段も…。

彼の脳裏に浮かんだ事。それはクリスチャンとしての禁忌を犯すこと。

『汝盗むなかれ』

いや、違う。盗むのではない。傲慢な教会から貧しい人へ分け与えるのだ。

月が満ちる夜、ニコラウスは教会へと向かう。デレム川の水面は鏡のように空を映し、彼の影を二重に揺らした。教会は沈黙の宮殿。金の燭台、宝石の祭壇、絹の聖衣。神の家は、富に溢れていた。
彼は司祭の部屋へと忍び込む。暖炉の底の石を動かすと、そこには金貨の山。
手を伸ばした瞬間、背後から腕を掴まれ、
反射的に火掻き棒を振り下ろす。

真紅の鮮血が、石壁に花のように咲く。

男は痙攣しながら倒れ、ニコラウスは数枚の金貨を掴み、夜の街へと走り出した。

デフレ川沿いを縫うように走る。満月が水面に映り、そこに浮かぶ自分の姿が深紅に染まって見えた。彼は川へと身を投げる。冷たい水が肌を刺すが血と罪を洗い流すように、何度も何度も身体を擦った。

その足で、彼は商人の家の煙突から金貨を投げ入れる。カラーン、コローン、スッ。偶然、暖炉のそばに干してあった靴下に金貨が入った。

金貨によって娘たちは救われた。だが、アレクシアは彼の元には来なかった。商人は事業を復興した結果、彼女は貴族へと嫁ぐことになったのだ。

その後、ニコラウスは全てを忘れる為に数多くの善行を重ねる。孤児、病人、旅人、罪なき者たちに手を差し伸べ、彼の名はやがて「守護聖人」として崇められるようになる。

彼の命日、12月6日。オランダでは「シンタクラース」と呼ばれ、靴下に贈り物を入れる風習が生まれた。これがサンタクロースの原型となる。

彼の肖像画の数々は地味な衣を纏っている。真紅の衣装のイメージが定着するのは遥か後世、アメリカの飲料メーカーがクリスマス用の広告でサンタクロースを赤く染めてからだ。

それはまるで、神が1500年以上を経てもなお、ニコラウスの罪を赦していないかのように見えた…。



あとがき

風まかせ文芸部の企画【真紅】に参加させて頂きました。素敵なお題ありがとうございました。

もちろんフィクションですが、一部史実に基づいています。

シンク違いですが、英語の「sink」には、幾重もの意味があります。

 沈む,沈没する,(…に)没する,見えなくなる,(…に)沈下する,陥没する,落ち込む,くぼむ,こける,傾斜する,没頭する、etc。

- 落ち込む:ニコラウスは悩み落ち込む。
- 染み込む:返り血(罪)がその身に染み込んだ。
- 沈む/沈める:デフレ川に身を沈め、罪を洗い流した。
- 没頭する:失恋と罪を覆い隠すように、聖職者としての使命に没頭した。

また日本語の真紅、深紅、辛苦。

それらはすべて、ニコラウスを指し示しているように思えました…。



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