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熊本県・山江村|隠れキリシタンではなく、隠れ念仏の文化を学ぶ👨‍🎓

こんにちは、akaです!
1/17-19で熊本の球磨地方、宮崎県えびの市周辺に行ってきました。
熊本県山江村で学んだ、隠れ念仏という文化についてご紹介します。


隠れキリシタンという言葉を聞いたことはありますか?
天草・島原が有名で、江戸幕府が禁止したキリスト教を密かに信仰した人々の文化のことを指します。

隠れキリシタン構成遺産の
熊本県天草市にある崎津教会
崎津集落は熱心なキリスト教信者が現在も多い。
[fujifilm X-T30]


人吉・球磨地方では、隠れキリシタンではなく、隠れ念仏と呼ばれる文化がかつてありました。
今回の旅で、隠れ念仏について勉強し、隠れ念仏の文化が伝えられた地を訪れました。

まずは、私の観光スタイルは、まずは地域の民族資料館に行き、面白い風習や文化、地域史を学び、そこで仕入れた情報をもとに行く場所を決めるというものです。

今回の旅では、人吉・球磨地方唯一の民族資料館、山江村歴史民俗館へ行ってみました!

入館料は200円です。
どこから来たのかを受付の人から聞かれたので、東京からと答えると、どうやってここを知ったんですか!?と驚かれました笑

貸切状態の民族資料館を見て回ると、隠れ念仏という文化があったことを知る!

結構立派な館内!

山江村歴史民俗館の展示より、私なりに噛み砕いて解説します。

江戸時代、一向宗(浄土真宗)を禁じたのは、全国でも相良藩と隣の島津藩だけで、相良領内の禁制は島津藩よりも古く室町時代に始まります。

下記文章が残されています。

「一向宗の事、いよと法度たるべく候、すでに加賀の白山もえ候事、説々顕然候事・・・」

1555年2月7日発布「部法機被後案え」(相良家文書)

1488年、加賀国守護富樫政親が本願寺門徒の一揆勢に攻め滅ぼされた(いわゆる一向一揆)ことを背景として、1555年一向宗は禁制されたそうです。そのため、人吉藩では一向宗の信仰を禁止し、信者を厳しく取り締まっていました。

そのため、物置の扉の裏側に隠すようにして仏壇を設けたり、近隣の藩の一向宗の寺院にお布施を行ったりと一向宗を隠れて信仰する信者が現れました。

その文化が隠れ念仏です。

私は十四人淵(じゅうよったりぶち)という隠れ念仏を学べる聖地に訪れました。


通称「大曲り(の淵)」と呼ばれるこの淵に、
1687年8月1日、互いの体を結びあわせた男女14人の死体が浮上しました。
役人が調べたところ、対岸で盃をとりかわし、14本の杉苗を植えて入水したということがわかりました。
この十四人は役人に信者であることが知られたので、生きて地獄を味わうより死を選んだと伝えられています。
その後地域の人々は、この淵を十四人淵と呼
んで犠牲者の冥福を祈ったとの逸話が残されています。

ここが十四人淵。
対岸に見えるのが杉の木か。
どこか雰囲気のある淵だった。
[fujifilm X-T30]

人吉・球磨地方は藩政が色濃く文化に残されていると感じます。
それにしても、14人が一同に入水自殺をするなんて、相当追い詰められた状況だったんだろうなぁ...


それでは👋

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