見出し画像

オールドレンズのブームは去ったのか──「終わった」のではなく、日本の中古市場が世界市場になっただけかもしれない

一時期、オールドレンズは明らかに“熱”を持っていた。
ただ写るだけではない、現代レンズにはない滲み、フレア、線の細さ、柔らかいボケ。しかも少し前までは、そうした個性を驚くほど安く手に入れられた。

だからこそ、多くの人がオールドレンズに惹かれた。
最新の性能競争から少し離れ、自分だけの描写を探す楽しさがあった。ミラーレス機の普及で、昔のレンズをいまのボディで気軽に使えるようになったことも大きい。

しかし最近は、少し空気が違う。
前ほど「安くて良い玉」を見つけやすくない。定番の人気レンズはすでに高い。状態のいい個体はすぐ消える。店頭でもネットでも、掘り出し物の難易度は明らかに上がったと感じる人が多いはずだ。

では、オールドレンズのブームは本当に去ったのだろうか。


ブームは消えたのではなく、熱狂期を過ぎた

結論から言えば、オールドレンズは「終わった」のではない。
むしろ、一過性のブームから、定着した趣味の市場へ移ったと見るほうが自然である。

その根拠はシンプルだ。
2025年春には「オールドレンズフェス2025春」が開催され、取材記事でも「オールドレンズ熱はなおもアツい」と書かれている。高精細EVFの進化や、AF化アダプターの登場で、昔のレンズをいまの撮影環境で遊ぶハードルはむしろ下がっている。

さらに、2026年2月から3月にかけて松屋銀座で第54回「世界の中古カメラ市」が開催され、オールドレンズを含む中古カメラ市場は大きなイベントとして今も成立している。市場そのものが静まり返っているなら、こうした催しはここまで続かない。

つまり、需要はまだある。
ただし、昔のような“誰でも簡単に安く楽しく掘れる時代”ではなくなった
のである。


なぜ「ブームが去ったように見える」のか

そう感じる最大の理由は、相場の構造が変わったからだ。

以前のオールドレンズ人気には、「安くて面白い」が強くあった。
けれど市場が成熟すると、みんなが狙うものはだいたい同じになる。人気の銘柄、人気の焦点距離、人気のマウント、そして状態の良い個体。そこに需要が集中すれば、当然ながら価格は上がり、見つけた瞬間に売れていく。

しかも2025年秋の「池袋クラシックカメラ博」レポートでは、フィルム価格は高騰している一方で、「カメラの価格は落ち着いてきた感がある」とも書かれている。これは重要だ。市場全体がずっと右肩上がりで暴騰しているわけではない。高騰するものと落ち着くものの差が広がっているのだ。

この状態は、ブーム終焉というよりも、選別が始まった市場に近い。
有名玉は高い。美品は高い。話題のものは高い。
逆に、知名度の低いレンズや、状態に難があるもの、使いこなしにコツが要るものは、相対的に落ち着いて見える。

だから体感としては「前みたいな夢がない」と感じやすい。
だがそれは、需要が消えたからではなく、みんなの目が肥えて市場が効率化したからでもある。


日本の中古市場は、いまや“国内だけの市場”ではない

ここで見逃せないのが、インバウンドと越境需要である。

2025年の訪日外客数は4,268万3,600人で過去最高を更新した。さらに訪日外国人旅行消費額も9兆4,559億円と過去最高で、インバウンド消費は量も金額も大きく伸びている。

この大きな流れの中で、日本の中古カメラ市場だけが無風であるはずがない。
実際、シュッピンは以前から「海外から日本に来られる旅行者や、日本にお住いの海外の方に当社をご利用いただく機会が非常に増えております」としてECサイトの多言語対応を進めている。またMap Cameraの越境EC関連資料でも、実店舗に世界各国から来店があること、中古品のクオリティの高さが支持されていることが説明されている。

これはかなり大きい。
つまり日本の中古市場は、もはや日本人だけで取り合っている市場ではない。
良質な中古カメラや良質なオールドレンズは、国内需要に加えて、訪日客と海外バイヤーの需要にもさらされているということだ。

昔なら、都内の中古店や地方の委託棚で静かに眠っていた良品が、いまは世界規模の需要の中に置かれている。
そうなれば、「掘り尽くされた感じ」が出るのは当然である。


「外国人が掘り尽くした説」は、雑ではあるが核心を突いている

もちろん、すべてをインバウンドのせいにするのは単純化しすぎだ。
オールドレンズの人気は、ミラーレスの進化、SNSでの拡散、動画文化、作例共有、アダプターの充実など、いくつもの要因で広がった。海外客だけが市場を変えたわけではない。

ただ、それでもこの仮説には現実味がある。
なぜなら、日本の中古カメラ市場は昔から「状態の良さ」「個体管理」「選別の丁寧さ」で国際的に評価されてきたからだ。そこに過去最高レベルの訪日客数と消費額が重なれば、良質な在庫から先に薄くなるのは自然である。

要するに、
外国人が全部持っていったとまでは言えない。
しかし、日本の中古市場に眠っていた良品が、国内だけで循環していた時代ではなくなったとはかなり言いやすい。

この変化は、価格の問題だけではない。
市場に並ぶ前に売れる。並んでも回転が速い。ネット掲載後すぐ消える。
そうした“在庫の薄さ”として、多くの人が体感しているはずだ。


それでもオールドレンズは終わらない

面白いのは、レンズへの関心自体が崩れているわけではないことだ。
CIPAの2026年見通しでは、交換レンズの世界出荷見通しは1,051万本で前年比99.1%と、ほぼ横ばい水準にある。急激な失速というより、一定の需要を保ちながら推移している形だ。

ここから見えてくるのは、オールドレンズが“ブーム商品”から“文化”に近づいているということだ。

一時的な流行だけで終わるものなら、相場が少し落ち着いた時点で人は離れる。
だが実際には、イベントは続き、使い方は進化し、撮る楽しさもまだ残っている。
つまり残っているのは、単なる懐古ではなく、性能では測れない描写の価値である。

現代レンズは正しい。
だが、オールドレンズは面白い。

この“正しさ”と“面白さ”の差は、スペック表では埋まらない。
だからこそ、オールドレンズは完全には消えない。


これからのオールドレンズ選びは、もっと知性が要る

これからは、以前のように「有名な銘柄を買えば正解」という時代ではなくなるだろう。

みんなが知っている人気玉は、すでに高い。
だからこそ重要になるのは、
・どの描写が本当に自分に必要か
・どのマウントを軸にするか
・整備性や個体差をどこまで許容できるか
・価格ではなく、使い道で選べるか
という視点である。

オールドレンズの市場が成熟したということは、逆にいえば、雑に買うと失敗しやすくなったということでもある。
しかし同時に、ちゃんと選べば、まだ面白い世界が残っているということでもある。

むしろ今は、ブームの熱に流されず、自分の目で選べる人ほど楽しめる時代なのかもしれない。


熱狂の次に残るもの

オールドレンズのブームは去ったのか。
その問いに対する答えは、おそらくこうだ。

去ったのは“安くて簡単に夢が見られた時代”であって、オールドレンズそのものではない。

そして、もうひとつ付け加えるなら、
日本の中古市場はすでに世界市場の一部になった。
だから、昔の感覚で「そのうちどこかで安く見つかるだろう」と思っていると、いい個体ほど先に消えていく。

いま起きているのは、ブーム終焉ではない。
熱狂のあとに、市場が現実になっただけである。

その現実は少しシビアだ。
けれど、だからこそ本当に好きな人だけが残り、本当にいい一本の価値も、以前よりはっきり見えるようになった。

オールドレンズは終わっていない。
ただ、もう“みんなの宝探し”ではなくなった。
それだけのことなのだ。

(この記事には、アフィリエイトリンクが含まれます。)

いいなと思ったら応援しよう!

あかうさ📸 もし記事を気に入っていただけたら、チップをいただけると嬉しいです。より良い記事がかけることに投資させていただきます。