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好きな過去のレンズは、見つけた時に買わないと二度と会えないかもしれない

最近、中古レンズが高い。

最近、とくに日本の中古レンズは、ことごとく海外に吸われている感じがある。(とくに生産終了品で人気だったもの。)

昔は、日本国内のカメラ好き同士で回っていた中古市場だった。
しかし今は違う。

円安もある。
海外から見ると、日本の中古レンズはまだ安い。
しかも状態がいい。

日本の中古カメラ店は検品が細かい。
防湿庫で保管している人も多い。
箱付き、説明書付き、フード付き、状態表記も丁寧。

海外のレンズ好きからすれば、日本の中古レンズはかなり魅力的に見えるはずだ。

つまり今の中古レンズ市場は、もう日本人だけの市場ではない。
世界中の人と、同じレンズを取り合っている。


中古レンズ市場は、もう国内だけで完結していない

オールドレンズやクラシックレンズの人気は、完全に世界化している。

CONTAX Zeiss。
Leica R。
Nikon Ai-S。
Canon FD。
M42マウント。
そしてコシナ製のZEISSレンズ。

昔は一部のマニアが楽しんでいたようなレンズも、今では海外の写真好き、映像制作者、YouTuber、コレクターが普通に探している。

日本の中古店に並んでいるレンズは、日本人だけが見ているわけではない。

海外からも見られている。
海外からも買われている。
海外の相場ともつながっている。

だから、少し前の感覚で「またそのうち出てくるだろう」と思っていると、意外と戻ってこない。

日本に眠っていた状態のいいレンズが、少しずつ国外へ流れていく。
これはもう、レンズのインバウンドのようなものだ。


中古レンズは「商品」ではなく「個体」との出会い

新品レンズなら、待てばまた買える。

メーカーが作っているうちは在庫が復活する。
セールになることもある。
ポイント還元が増えることもある。

しかし中古レンズは違う。

中古レンズは、同じ型番でも一本一本状態が違う。

レンズ内のチリ。
クモリ。
カビ。
バルサム切れ。
外観のスレ。
鏡筒の打痕。
ピントリングの感触。
絞り羽根の状態。
付属品の有無。

同じレンズ名でも、実際には全部別物だ。

だから中古レンズは、欲しい時に買える商品ではない。
出会った時にしか買えない個体だ。


「安くなるまで待つ」が通用しにくくなった

昔なら、少し待てば安くなることもあった。

しかし今は、人気のある中古レンズほど待つのが難しい。

日本国内で「ちょっと高いな」と迷っている間に、海外の誰かが買っていく。

そして一度海外に出たレンズは、簡単には戻ってこない。

特にツァイス系はきつい。

CONTAX Zeissもそうだし、コシナ製ZEISSもそうだ。
Makro-Planar、Planar、Distagon、Sonnar。
このあたりの名前に反応する人は、日本だけではなく世界中にいる。

「昔のレンズだから安い」という時代ではなくなった。

むしろ、昔のレンズだからこそ、今のレンズにはない味を求めて買われている。


好きな味のレンズは、先延ばししないほうがいい

自分の好きな描写がわかっているなら、なおさらだ。

柔らかい開放描写。
ツァイスらしい空気感。
少し古いレンズ特有の色。
現代レンズにはない立体感。
絞った時に急に整う感じ。
周辺減光まで含めた味。

こういうものは、スペック表だけでは測れない。

そして、現像でどうにでもなるものでもない。

現像で色を寄せることはできる。
コントラストを上げることもできる。
シャープネスを足すこともできる。

しかし、そのレンズを通した時の空気感や、ピント面からボケへ移る感じ、ハイライトの粘り、線の出方までは簡単に再現できない。

自分が好きだと思えるレンズは、単なる道具ではなく、自分の写真の方向性を決めるものになる。

だから、好きな味のレンズを見つけた時は、あまり先延ばししないほうがいい。


ローンを組んででも買う価値がある場合

もちろん、何でもかんでもローンで買えばいいという話ではない。

ただし、条件が揃った中古レンズなら話は変わる。

状態がいい。
価格が許容範囲。
自分の好きな描写傾向。
今後さらに値上がりしそう。
次に同じ状態で出てくる保証がない。

この条件が揃っているなら、ローンを組んででも確保する価値はあると思う。

これは浪費というより、未来の撮影時間を先に買う感覚に近い。

お金はまた貯められる。
しかし、状態のいい中古レンズとの出会いは、もう一度あるとは限らない。


価格より先に、状態のいい個体が消えていく

中古レンズで怖いのは、価格が上がることだけではない。

本当に怖いのは、状態のいい個体から先に消えていくことだ。

安い個体は残るかもしれない。
でも、それはチリが多い個体かもしれない。
クモリがあるかもしれない。
外観がかなり傷んでいるかもしれない。
ピントリングの感触が悪いかもしれない。
絞り羽根に不安があるかもしれない。

価格だけを見て待っていると、最後に残るのは「安いけど微妙な個体」になることがある。

中古レンズは、価格だけではなく状態を買うものだ。

むしろ、状態のいい個体には価格以上の価値がある。


コシナ製ZEISSには、メンテナンスできる可能性が残っている

ここで重要なのが、メーカーサポートの存在だ。

古いレンズの場合、壊れたら修理不能になることも珍しくない。
部品がない。
メーカー対応が終わっている。
そもそもどこに相談すればいいかわからない。

しかし、コシナ製のZEISSレンズは少し事情が違う。

もちろん費用はかかる。
しかしコシナであれば、点検、修理、レンズ内清掃などを相談できる可能性が高い。

これは中古レンズを買う上でかなり大きい。

中古で買ったレンズに少しチリが見える。
鏡筒に打痕がある。
ピントリングの感触が気になる。
写りに影響しているか不安がある。

そういう時に「メーカーに見てもらえるかもしれない」という選択肢があるだけで、安心感がまったく違う。

中古レンズは、買って終わりではない。
むしろ、買ってから長く使うために整えていくものでもある。


「ベース個体」を確保するという考え方

コシナ製ZEISSを中古で買う時は、単に中古品を買うというより、

「これから長く使うためのベース個体を確保する」

という感覚に近い。

まず状態のいい個体を見つける。
必要であれば、メーカーで点検してもらう。
チリや清掃可能な汚れがあれば相談する。
問題がなければ、そのまま安心して使う。

こう考えると、中古レンズ選びの見方が変わる。

多少お金がかかったとしても、気に入った描写のレンズを長く使える状態に持っていけるなら、その価値は十分にある。

特にMakro-Planar 50mm F2、Makro-Planar 100mm F2、Planar 50mm F1.4のようなコシナ製ZEISSは、単なる古いレンズではない。

今でも写真の味を作ってくれるレンズであり、なおかつメーカーサポートの可能性が残っている貴重な存在だ。


レンズは資産ではなく、感覚の保存でもある

中古レンズを買う理由は、単に値上がりを期待するからではない。

自分の好きな描写を、手元に残しておきたいからだ。

好きなレンズがあると、写真を撮る理由が増える。
持ち出したくなる。
試したくなる。
光を探したくなる。

これはかなり大きい。

レンズは単なるガラスと金属ではない。
自分の感覚を引き出す装置でもある。

だから、好きな味のレンズに出会った時は、少し無理をしてでも手に入れる意味がある。

今の時代は、便利で高性能なレンズはいくらでもある。
AFは速い。
解像度も高い。
逆光にも強い。
どの距離でも安定して写る。

でも、それだけでは埋まらないものがある。

少しクセがある。
開放では甘い。
でもハマると妙にいい。
そのレンズでしか出ない空気がある。

そういうレンズは、合理性だけで測ると買い逃す。


中古レンズは、一期一会になってきた

今の中古レンズ市場は、昔よりずっと厳しい。

日本の中古レンズは海外からも見られている。
円安で海外勢には買いやすい。
日本の中古品は状態がいい。
オールドレンズ人気は世界的になっている。
そして、状態のいい個体から消えていく。

だから、自分の好きな味のレンズは、見つけた時に買ったほうがいい。

次に出てくるかもしれない。
でも、同じ状態とは限らない。
同じ価格とは限らない。
そもそも、次があるとも限らない。

中古レンズは、欲しい時に買うものではない。
出会った時に迎えるものだ。

好きなレンズは、買える時に買う。

お金よりも、状態のいい個体との再会のほうが難しい。
そして、コシナ製ZEISSのようにメンテナンスできる可能性が残っているレンズなら、手に入れてから整えて長く使うという選択もできる。

中古レンズを買うというより、自分の写真の感覚を未来に残す。

そう考えると、少し高くても、少し無理をしても、見つけた時に迎える意味はある。

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