【創作神話|オルヴェリィ_二つの月の神話≪完全版≫】イメージBGM付
第1話:金の月と、銀の月
世界の空には、かつて二つの月があった。
黄金に輝く月と、静かな光を放つ銀の月である。
金の月には女神エリノッティが住まい、誕生と始まりを司っていた。
黄金の波打つ髪、柔らかな微笑み。
彼女が祝福した生命は、必ず芽吹き、愛され、歌った。
一方、銀の月には男神ツェルバがいた。
終わりと死を司る神。
銀の光をまとうその姿は、常に寂しげであった。
ツェルバはエリノッティを愛していた。
だが彼の役目は、彼女が愛した生命に「終わり」を与えること。
その手が触れるたび、命は静かに閉じられていく。
「あなたの手は、あまりに冷たい」
彼女の言葉が、銀の月の神を絶望の深淵へと沈めた。
神の心から流れた涙は凍りつき、地上の川を止め、星々の輝きさえも曇らせたという。
その刃のような拒絶により、ツェルバの胸は裂かれた。
愛する者に拒まれ、己の役目を否定された神は、次第に心を病んでいった。
二つの月は空にありながら、決して交わらぬまま、静かに歪み始めていた。

第2話:終わらぬ世界
ツェルバは嘆き、悲しみ、ついに“死を与えること”を放棄した。
その時代、世界から死が消えた。
誰一人、命を終えることができなくなったのである。
病は身体を蝕み続け、腕を失っても痛みは止まらず、血を流し尽くしても、魂は朽ち果てる家を失い、闇の底でただ震えていた。
人々は生きているのではなく、終わることを許されずに在り続けていた。
人々は生を祝えなくなり、やがて終わりを祈るようになった。
死は恐怖ではなく、苦しみから解き放たれるための安らぎだったからだ。
ツェルバの涙が零れ落ちた。
凍りついたその雫は、やがて形を持ち、ひとつの存在となって地上に現れた。
名を、ラクリマといった。
それはツェルバの悲しみが生んだ化身であり、神が手放した役目そのものであった。見かねたラクリマは、主に代わり、終わりを与え始めた。
彼が触れるとき、永遠に続くはずだった痛みは、静かな雪解けのようにほどけていったという。
彼が終わりを宣告するたび、止まることのなかった苦しみは解かれ、世界から一つずつ悲鳴が消え、静かな祈りが捧げられた。
人々は涙を流しながら、感謝した。
その祈りだけが、壊れかけた世界を辛うじて繋ぎ止めていた。
それは、神が忘れた最後の慈悲であった。
※「ラクリマ(Lacrima)」ラテン語で「涙」を意味します。
第3話:涙から生まれた者
ラクリマは知っていた。
このままでは、ツェルバは救われない。
彼は、万物の記録を司る最高神であり、時の支配者でもあるセトのもとを訪れた。
世界の頂に座すその絶対的な存在に対し、ラクリマは静かに頭を垂れた。
「最高神セトよ、願わくば……。ツェルバ神の刻より、エリノッティ神との時間を、永遠に消し去っていただきたい」
愛している限り、彼は死を憎み、己を責め続ける。
「死がただ悲しみのみをもたらすものではなく、魂の安らぎであることを。どうか、あのお方がその真理を悟られますよう、お導きください」
長い沈黙ののち、セトは沈黙を以て、それを許した。
彼もまた、銀の月の涙を見ていたのだ。
セトが指先で空をなぞると、ツェルバの人生から、エリノッティと共に過ごした「時間」だけが剥がれ落ちていく。
こうしてツェルバは、名も、愛も、神であったことさえ忘れ、深い眠りへと落ちた。
その傍らで、ラクリマはただ、静かに祈っていた。
第4話:名を失った神
やがてツェルバは目を覚ました。
だがその瞳には、かつて月を照らしていた記憶の光はなく、自分が誰であるのかさえ分からぬまま、ただ静かに息をしていた。
その前に立つ者がいた。
銀の気配をまとい、穏やかな微笑みを浮かべている。
「目覚めを待っていました」
その声は、遠い夢の底から響くようで、ツェルバの胸に、名も持たぬ余韻を残した。
「そなたは……?」掠れた問いに、相手は迷いなく答える。
「私は、貴方を愛する者。そして――貴方の名は、カルス」
その名を聞いた瞬間、理由もなく、胸の奥が静かに温んだ。
それが自分の名であるかどうかも分からぬまま、彼はただ、その響きを受け入れた。
「お願いがあります」
ラクリマは言った。
「私はここから動くことができません。ですから、私の代わりに――死を持たぬ者たちに、安らぎを与えてきてください」
カルスはうなずいた。
なぜそうすべきなのかは分からなかった。
それでも、その願いは拒むことのできないものとして、彼の内に静かに沈んだ。
こうしてカルスは世界を巡った。終わりを与えるたび、人々は涙を流し、感謝した。
その祈りに触れるたび、彼の胸には、名も知らぬ温かなものが積もっていった。
それがかつて失った何かであることを、彼はまだ知らない。
※「カルス(Carus)」ラテン語「親愛な」「大切な」
第5話:二つの月が重なる夜
数えきれぬ歳月ののち、金の月と銀の月が、空で重なろうとしていた。
夜も昼もない、狭間の時。
風は止み、世界は息をひそめていた。
カルスの胸に、声が響いた。
はじめて聞く声――だが、全身に染みわたるほど懐かしい声だった。
「ツェルバ」
その名を聞いた瞬間、記憶が波のように押し寄せた。
黄金の髪。柔らかな微笑み。
拒絶の痛みと、それでも消えなかった深い愛。
涙が、頬を伝った。
金の月の中に、エリノッティがいた。
その光は、かつてと同じようにあたたかかった。
「ツェルバ……」
彼女の声は、風のように柔らかかった。
「貴方の零した涙が、乾ききった世界に慈悲を蒔いたのですね」ツェルバは言葉を失い、ただその光を見つめた。
「私は……貴方を愛していた。その想いが、世界を“理”から引き裂くと知りながら」「いいえ」
エリノッティは、静かに首を振った。
「あなたが愛してくれたから、世界は“終わり”を知り、新しい“始まり”を手に入れたのです」
二人のあいだに、セトの声が静かに流れた。
「時は円環を成しました。始まりと終わりは、分かつことはできぬのです」
金と銀の月が、完全に重なる。
空は白く輝き、夜と昼、過去と未来、すべてがひとつになった。ツェルバは、そっと手を伸ばした。
エリノッティの光に触れた瞬間、胸に残っていた痛みは溶け、心は静かな安らぎで満たされた。
そして――彼は、笑った。
「死は悲しみではなかった。それは、あなたと再び出会うための道だったのですね」
エリノッティはうなずき、彼の頬に指先を添えた。
「これからも、世界を見守ってください。貴方が灯す“終焉”の灯に、私は新たな“息吹”を添えましょ」
光が空を満たし、やがて二つの月は、静かに離れていった。
セトはその光景を見届け、新たな一行を「時の書」に記した。
〈死は、愛の終わりではなく、世界の祈りである〉
二つの月が重なる夜、亡き者たちは、静かに笑うという。
あとがき💬
最後まで読んでくだりありがとうございました。
この神話を元に「オルヴェリィ_光の記憶」を読んでいただくと
更に楽しく読めるかと思います。
オルヴェリィ(Orvelly)
Orbis + Reverie = Orvelly
Orbis(ラテン語:オルビス):円、球、世界、天体、
Reverie(フランス語・英語:レヴァリエ):空想、夢想、物思い
「夢見る世界」「幻想の地球」
「すべての物語が繋がる夢世界」
物語は繋がっています…
Special Thanks
冒頭とすぐ上のの音源は、ボンジンイカ様が「二つの月の神話」を読んでファンアートならぬ、ファンミュージックとして送ってくださったものです。
ステキな音楽をありがとうございます♪

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