日本屈指の普通の家族ではない男の話
年を重ねると、普通の意味を思い知らされる。普通がいかに難しいか、平凡がいかに大変か解ってくる。人生を少しだけ振り返る瞬間、そうだね。
30代なら、人生これでいいの?
40代なら、30歳までに結婚する予定だったよね。
50代なら、ふけたなぁ〜。
定年が近くなり、いきなり年金いくらだろ?ってね。
普通って人生においてはレールみたいなもの。自然とそうなると思えたもの。でも、普通の気持ちだけは考えたふりをした。
結婚すると思ってた?
自分の子供を想像した?
このまま終わると思っていた?
標準体型だと思ってた?
なんとかなると思ってた?
いつも笑っている人を怪しく思っていた?
いろいろ、自分の普通がある。でも、今時は普通のレールもない人が増えている。普通という感性を持たない人がいるってことなんだ。Z世代ってことなのかしら?いや、世代に関係なく廃線となるレールがいかに多いことか。
さて、日本屈指とは大きくでたと思う。普通じゃない家族ってどんな?って話なんだけど、歳取ると色々隠さず暴露してしまいます。
私が普通じゃないこと。それは三つある。
高齢の親が認知症になったこと。
妹が知的障害者であること。
高齢の母親が認知症になった。数年前から感じていたけれど、去年脳幹梗塞を煩いながらも、奇跡的に身体への影響は少なかった。
妹は幼い頃からコミニュケーションが取れず、いじめにもあった。学校にも行けなくなり、社会に全く適合しなかった。
親の介護って結構多いけど、兄弟が知的障害となるとかなり割合が減ると思う。でも、日本屈指の普通じゃない家族とは言えない。まぁ、私も独身平民なので、細々した家族という意味では時代の最先端だ。
突然、私を心筋梗塞が襲った。
これはもう、一気にさまざまなことを考えないといけなくなった。妹の将来、母の介護が危うなる?もちろん、倒れる前の発症でとりあえずは生きているが、自称、日本屈指の普通じゃない家族になった。
まだまだ、屈指というには内容がある。地道に書いていけたらいいと思っている。人の不幸は蜜の味というが、SNS全盛の今ならどうだろう?他人ではそう感じても、身近な人なら違う感情があると信じている。
