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【掌編】カフェのノイズ(2/2)

ノイズ02 速度の違う三人

原稿のアイデアが煮詰まると、俺は一度、味に逃げる。
文字から目を離して、舌に集中する。
それが俺の気分転換の方法だ。

カフェのランチは、今日は当たりだった。
スープは熱すぎず、パンは軽く、噛むたびに気持ちが戻ってくる。
俺は、やっと「次の一段」が見えそうなところまで来ていた。

——そのとき、隣の席に三人が座った。

最初は、気にしないつもりだった。
俺は賑やかすぎる場所が苦手なだけで、会話そのものが嫌いなわけではない。
ただ、耳が拾ってしまう。拾ったら、勝手に解釈が走る。それが厄介だ。

おばあちゃんが、ゆっくり話している。
言葉に間があって、呼吸がある。
そこへ、保険屋らしい二人の声が重なる。速い。詰める。圧がある。二人分の速度で、会話が前のめりになる。

「では、こちらで進めますね」
「今決めたほうが安心ですから」

内容は断片しか聞き取れないのに、意味だけが刺さる。
“決める”が、相手の呼吸を待たない言葉になっている。

俺はパンを口に運ぶ。だが、フォークが途中で止まった。
胃が、先にムカムカし始める。
会話の中身じゃない。速度がうるさい。
ゆっくりの間を、二人分の急ぎが削り取っていく音がする。

気にするな。俺の原稿だ。俺のランチだ。
そう思うのに、脳が勝手に隣の席を“処理”してしまう。
あの人、逃げ道がない。
あの二人、息をつかせる気がない。
——俺の頭は、頼んでもいない救助活動を始める。

気分転換しに来ただけなのに。
俺は、外の工事から逃げてきたわけでもない。ただ、煮詰まりをほどきに来ただけだ。

スープの湯気が、急に重たい。
一口飲んだら戻るはずの体が、今日は戻らない。
口の中に残るのは味じゃなく、圧の残響だった。

俺は皿を見た。
まだ半分、残っている。
なのに、食べきれないと胃が言っている。

——だめだ。今日は、気分転換が裏目に出る日だ。

俺は会計を済ませて、店を出た。
ドアベルが鳴って、外の空気が頬に当たる。
その冷たさで、ようやく自分の速度が戻ってくる。

ランチは残した。
原稿も、まだ途中だ。
それでも、俺は思う。
“いま残したのは昼飯だけで済んだ”。
あの席に居続けたら、もっと大事なものまで消耗していた気がするから。

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