「お前には自分がない。」18歳、3ヶ月でクビになった人生初バイトの話。
久しぶりに乗った小田急線。
車両は新しくなり、私が頻繁に乗っていたころとは雰囲気が違う。ビビットなオレンジ色の座席やLEDライトがまぶしく、車内は東海道新幹線と似た匂いがするようになった。
登戸から乗車し、小田原方面へ。仕事帰りの人や学生で混み合っているが、一人ひとりが自分の半径 30 cmのスペースを主張できるぐらいには余裕がある。
吊り革につかまり、車窓を眺める。車内とは違い、窓から見える景色、建物や看板、駅のホームの様子は昔と変わらない。
新百合ヶ丘駅の近くを通る。
大学1年生の6月〜9月にかけて、私が人生初のバイトを経験したステーキ屋の最寄り駅。
「お前は優しいんじゃない、自分がないだけだ。」
ギラっとした鋭い目つきに、喉から絞り出したような少しかすれた声。暑い夏の日、オーナーに言われた言葉が私の脳内にスッと蘇る。
・・・
「ここで一緒にバイトしない?」
大学の友人に誘われたのは、ステーキ屋のバイトだった。まかないのステーキに釣られた友人と、それに便乗した私は、お互いに同じバイトに申し込んだ。
私は無事面接に合格したが、友人は遅刻して面接に落ちた。一緒に働くという目論見は見事にうち砕かれ、私の人生初めてのバイトがスタートした。
バイト先は個人経営のステーキ屋さん。店内には木製のテーブルとラタンの椅子が並び、ウッドデッキのテラス席もある。少しレトロな雰囲気の大衆向けレストランといった印象を受けた。
ステーキ屋のオーナーは“一流”を目指す人だった。
飲食店を始めた理由も、経営者になりたかったから。
すらっと高い身長に、髭を生やし、髪型はソフトモヒカン。ひと目見た時から「元サッカー日本代表の中田英寿に似てるな」と思った。鋭い眼光と少し吐き捨てるような口調から、「成功してやる」というギラつきを感じた。
お店はオーナーとバイトの2人体制で営業していたので、お客さんがいない時間はオーナーと2人きりで、よく話をした。「イチローが一流な理由」「息子が社長になりたいと言っている」など経営者らしい話題が多かった。
そんなオーナーのもとで働く人生初のバイトは、めちゃくちゃハードだった。オーナーがキッチンを担当し、店内20席・テラス8席のホールをバイト1人で回す。
お客さんが来たら、「いらっしゃいませ!」と声をかけ、水とおしぼり、カトラリーセットを持っていく。注文は手書きでメモしたあと、オーナーに口頭で伝達。
そのあと、ドリンクを作って、料理を運んで、食器を下げて、洗って、机を拭いて…。あまりのマルチタスクに、脳の処理が追いつかず、右往左往していた。
「遅い遅い遅い! もっとテキパキ動け!」
「お前は1歩目が遅い! 頭で考える前に動け!」
「うちは高級料理店じゃない! そんな丁寧に接客しなくていい!」
もともとのマイペースさ、慎重さも災いし、「お前は行動が遅い」とよく怒られた。これ以上、忙しくならないよう、「お客さん来るな〜」と念じながら、バイトをしていた。
🥩 🥩 🥩
バイトにも慣れてきた8月ごろのこと。それは突然の出来事だった。ランチ営業が終わりに近づき、お客さんがいなくなった店内で、オーナーと私はいつものように雑談をしていた。
「お前、「優しい」ってよく言われるだろ?」
「……そうですね。言われます。」
「お前は優しいんじゃなくて、自分がないだけだからな。」
話の脈絡も、そのあとの会話も覚えていない。ただ暑い夏の日に、そう言われた事だけは覚えている。
私にとって「優しさ」は自分の最大の長所で、重要なアイデンティティだと思っていた。それを否定するオーナーの言葉は、私の心にズシリと重くのしかかった。
それでも数秒後には気持ちを切り替えて会話を続けていたと思う。私はこれまでの経験から、自分の人格を揺るがすようなキツイことを言われても、割り切って行動する術を身につけていた。
私は高校まで県内の強豪チームでサッカーを続けてきた。練習中も試合中も、ミスしたり、失点したり、得点を決められなかったりすると、指導者から容赦無く怒号が飛んだ。
「お前のせいで負けた」「この学年は、ここ10年のチームのなかで一番弱い」など、心をえぐられるようなことを言われるのも日常茶飯事だった。
試合で負けたら「点差×10本」、コートの端から端までダッシュ。体力作りのために14 km走るなど、心を「無」にしないとやってられないことも多かった。
小学校からそんな環境でサッカーを続けてきたので、自然と「チームに迷惑をかけないように」「監督に怒られないように」と、自分の感情を押し殺して、チームのために動く思考回路ができあがっていた。
「お前には自分がない」と言われた瞬間は衝撃的だったが、その通りだとも思った。私は周りに合わせたり、空気を読んだ発言をしたりすることが圧倒的に多い。それが「優しさ」なのか、別の何かなのか、私にはわからなかった。
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それからさらに1ヶ月が経ったころ、勤務終わりにオーナーに声をかけられた。
「働き始めて3ヶ月が経ったが、お前はぜんぜん成長しない。辞めるか続けるか、今日中に決めて連絡しろ。」
脳内に衝撃が走る。
最初に思ったことは「なんで??」だった。
何かミスをしたわけでもないし、私なりに仕事をこなしてきたつもり。処理スピードも上がり、自分では成長しているつもりだった。なのになんで???
「理由を聴くべきか」と一瞬考えたが、オーナーの吐き捨てるようなセリフに、聴く勇気が持てなかった。「わかりました。お疲れ様です。」とだけ伝え、その場を去った。
意気消沈しながら、新百合ヶ丘駅までの道を歩く。
冷静に考えれば、辞める理由の方が多い。授業の都合で、シフトには入りづらい。給料も普通だし、駅からお店まで徒歩20分以上かかる。何より働くのが楽しくない。
続ける理由は、「ここで逃げていいのか?」という気持ちだけだった。
私はサッカーで培った「セルフスパルタ精神」も持っていたので、「厳しい環境でがんばることが自身の成長につながる」と考えていた。私は今試されているんじゃないか??
「バイトを辞めるか辞めないか」ではなく、「ここで逃げるか逃げないか」という自問自答だった。
夜遅くまで悩んだが、結局辞めることに決めた。「バイトはいくらでもある。せっかく大学生になったんだからいろんな経験をするのもいいだろう。」と開き直った。
オーナーに「逃げるように辞めてしまいすみません」とメールを送り、私の人生初バイトは幕を閉じた。
・・・
それから「自分がない」というオーナーの言葉は、事あるごとに私の脳内をリフレインしていた。
大学1年の春休み。やることがなさすぎて病んだ。「自分には何もやりたいことがないんじゃないか」「本当に自分がないんじゃないか」と思った。
サークルの空気にも、だんだん馴染めなくなった。大人数の場が苦手なことにも、自己主張が苦手なことにも、より自覚的になっていった。
そこから自己啓発本を読み漁ったり、自己理解を始めたり。ミニマリストにもなってみたし、自分のたりない部分を愛する方法も学んだ。
いろんなタイプの人とも出会った。自分とはまったく違う人にも、自分のような「優しい」人にも。
さまざまな経験を経て、私に「自分ができたか」というと、そうではない。相変わらず、周りに影響を受けやすいし、その場の空気に合わせて行動を決めたりする。
でも、「それでもいい」と思っている。
私は自己主張をしない「優しい」人に「自分がある」ことを知っている。なんならそういった人の方が、根は頑固で意志が強いと思っている。
「優しい」人には、優しいたる所以や信念があることも知っている。
「自分がない」わけじゃなく、「自分を見せない」だけ。自分にとって譲れない大切なものは、見せたい人やタイミングで出せばいい。誰にでも見せる必要はないし、一生自分のなかで大切にしていてもいい。
たとえ「自分がない」が正しい意見だったとしても、「自分がないこと」が個性になることもあるし、そんな自分を周りの人が形づくってくれることもある。
「自分を主張しない」ということは、思っていたほど悪いことじゃない。
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ステーキ屋のバイトを辞めて8年。私は今、もう一度オーナーに会いたいと思っている。
辞める連絡をした当時のメールを見返すと、オーナーからこんな返事がきていた。
これから先に成長して結果を残すことが出来たと感じれば、ここでの経験した時間を思い返す事があると思います。頑張って下さいね。
ありがとうございました。それから、別に逃げるとマイナスにとらえない方がいいよ。長い人生経験のひと過程です。
バイトを辞めてから、私は“一流”を目指す道を進んできたわけではないし、何かで結果を残したわけでもない。それでも、あのころの経験を思い返すぐらいには成長した。
私が逃げ出した環境。一流を目指していたオーナーは、今もあのときと同じ道の延長線上を歩んでいるのだろうか。
きっと私のことなど、これっぽっちも覚えていない。でもそれでいい。
私とオーナーは違う道を歩んできたのだから。オーナーの姿を一目見て、まかないで食べたあのステーキを食べられれば、それでいいと思った。
小田急線に揺られるなか、Googleマップを開く。バイトの面接に受かったときから、場所はお気に入り登録している。
人生初バイトで濃密な3ヶ月を過ごしたステーキ屋。そのステーキ屋はもう閉店していた。
