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【80歳の母きよこのはだし観察日記①】〜頼むから砂利を踏んでくれ〜

母きよこは80歳。
 
ものすごい倹約家なのでアテにしていなかったが、
私の話や生き方に感じるものがあったようで、
最近の活動を助けてくれている。
 
何度か外へはだしで行こうと誘ってみたが、
頑なに嫌だと。
人生で一度も外ではだしになったことがない。
 
 
先日のワークショップにご参加いただいた方が、
「子宮筋腫になった時に東洋医学系の病院の先生から砂利を踏めと言われた」
というお話を教えてくださった。
四角い空き缶に砂利を入れ、そこで足踏みしろと。
 
 
最近あちこち調子の悪くなっている母が、
ついに人生初めての「はだし」を経験した。

たった10分でも足の血色はだいぶ変わった。 

写真じゃ伝わりにくいが毒々しい赤青だった
5分のベランダで布越しガレ活、 10分の芝生を経ての足。

日光の加減が変わったのでこれもわかりにくいが、
血色や生命力が変わり、むくみが少し抜け、右足の指のシワがマシになっている。
しかし本人はわからない。


続けてくれさえすれば、
いい方向に行くと思うのだけど、
どうなることやら。

先日までは、嫌がる母を、
わざわざ説得する気は無かった。
 
見た目もエネルギーも貧弱だけど、
確かに階段をスタスタ降りているし、
まぁこの年齢にしてはマシな方か。
 
親子でも、自分は自分、他人は他人。
生き方はそれぞれだよね。
 
でもしばらく会わない間に、
階段は手すりに体重をかけながらヨロヨロ。
足も弱いだけじゃなく、気持ち悪い色になっている。
 
このままじゃ長生きしても、
最悪、植物人間になりかねない。
今こそ「はだし」を始めるラストチャンスかもしれないと感じ、
強めに勧め、口説き落とした。
 
私が借りたものを返せるまで、
もう少し時間がかかる。
それまで健康に生きていてほしいからと。


【2025夏】
きよこ
「あなたの考えはわかったよ、そうなのかもね」

あきこ
「じゃあ、はだしで歩いてみる?」

きよこ
「絶対無理」 


【2025秋】
あきこ
「はだしで〇〇してたら〇〇になったよ!(ビフォーアフター話)」

きよこ
「はぁ…」


【2025冬】
きよこ
「はだしで歩くなんて、危ないものが落ちててケガするよ!」

あきこ
「目視できないくらいの細かいものでできるケガなんて数分で治るし、
見えるものはさすがにわかるから避ける」

きよこ
「それでも痛いに決まってる」

あきこ
「歩き方にはコツがあって、どんどん痛くなくなる、それでも痛いとしたら内臓疲労の可能性もあるけど、だとしたら余計に必要。地球が足ツボマッサージをしてくれる」

きよこ
「変な菌に感染したらどうするの?」

あきこ
「むしろ常在菌のバリエーションが増えて免疫力が強くなる。そんなこと言ったら空気中に色んな菌が漂ってるけど、菌に触れたくないからって息しないなんてできないでしょ?地面だけ汚いなんて過剰な思い込みでしかない、むしろ少ない種類の菌しかいないことでかかる足病だってある」
 
きよこ
「でも危ないよ!」

あきこ
「それさっき話したじゃん!脳が弱ってるから脳活のためにもやった方がいいって!ワーキングメモリ上がるって研究データもあるんだよ、頼むからボケるのはやめてくれ」
 
きよこ
「でも怖いし、毎日歩いて畑まで行くし、年上の親戚よりも健康だもん…今が一番幸せだもん…」

あきこ
「そうですか…別に無理してやらなくていいよ、でもとりあえず室内でいいから靴下脱いでみない?」
 
きよこ
「そんな!寒いよ!それに、せっかく自分で編んだのに…」

あきこ
「でもこんなに血が通ってない、この足私から見たらもう瀕死なんだよね、血行不良は万病の元なんだよ、指を動かしたり足同士を擦ったらすぐ温まるよ」

きよこ
「…あ、ほんとだ!じゃあ、そうしてみる」
 
歳の割に、
自分でしっかり実感したことに関しては、
さらっと考えを切り替える。
こういうのは、母のすごいところだと思う。


【2026春】
あきこ
「危険な感じがするから怖いなら、室内ならいいわけ?」
 
きよこ
「どういうこと?」

あきこ
「室内にガレ場作っていい?」
 
きよこ
「…….」
 
あきこ
「私はこれが健康に良いと伝えることを仕事にして生きていく」
「あなたみたいなタイプの検証事例はあんまり無いから貴重なデータになる」
「協力してくれると助かる」
 
きよこ
「…ベランダならいいよ」
 
いいんかい!?
きよこ、ついに折れた。


という出来事から数ヶ月。
自分が忙しくて放置してしまった。

最近物忘れが激しいので、
この件について覚えているか聞いてみた。

きよこ
「私、やっぱり、いいよ…別に…わざわざ…」
 
あきこ
(あ、ヒヨッてる…やっぱダメかな~…)
「ダメだよ、もう、はだし学会で研究発表することにしちゃったんだから(嘘)」
「みんな期待してるよ?(嘘)」
「頼むよ!!」

きよこ
「…わ、わかったよ~(笑)」
 
意外とそこまで嫌がらなくなった被検体K。
っていうか初めて「はだし学会」ワードを出したのに、
その謎団体についてツッコミは無いのがびっくりである。
 
よく考えたら、
お金貸してもらう以外で「お願い」なんてするの、
小学生以来かもしれない。
 
母にとってはいつまでも娘だし、
それが嬉しかったのかな。


【2026夏】
またうっかり間が空いてしまった。
とりあえず砂利を2箱送ってみた。
 
なんと和室の半分くれると言うので、
ワクワクしながらワークショップをしに訪問したら、
母はその約束を忘れていた。
それとも、やっぱり無かったことにしたいのか…
 

きよこ
「そんなこと言ったっけ?」

あきこ
「えーーー!!ガレ場作れると思って楽しみにして来たのに~…なんだよ~」

きよこ
「ちゃんとやってるよ」

あきこ
「何が」

きよこ
「ベランダ」
(よく見るとお手製の布袋が転がっている)

あきこ
「え、まさかあの中に砂利入ってるの?」

きよこ
「そうだよ(なんか誇らしげ)…でも、あれ不良品じゃない!?丸くない石だよ…布越しでも痛い…」

あきこ
「あれはわざわざ尖った石を探して買ったの、それに、布はいらないの」

きよこ
「え!!そんなの血だらけになるよ」

あきこ
「ならない」

きよこ
「絶対なるよ、だって布越しでもあんなに痛いもん」

あきこ
「コツがあるんだって」

きよこ
「でも、歩幅小さめにしたらまだマシだった」

あきこ
「お、それに気付いたのは偉い、そういうコツがたくさんあるの、っていうか人間は元々そういう動き方をちゃんとしていたんだよ、身体が知ってるから思い出せる、大丈夫」

きよこ
「でも…」

あきこ
「とりあえず色々説明するから、まずは話を聞いてくれる?」

きよこ
「でも…」

あきこ
「あなたが今この事業に投資してるようなものなんだよ?娘が全人生使って本気でやってるもののこと、よくわからないままでいいの?順番がおかしくない?知ろうとする前に、やってみる前に、どうして判断ができる?」

きよこ
「……」

あきこ
「一定期間やった結果、やるんじゃなかったと思うならもう何も言わない。でも、ちゃんと言った通りにやってくれるなら、絶対そうはならない自信がある」

きよこ
「……」

あきこ
「ところで目の調子はどう?」

きよこ
「一生通わなきゃいけないらしい」

あきこ
「は!?何それ、いくら80歳でも、一生の診断をしてくるなんて信用ならん、そんなことより、いいから砂利を踏んでくれ、絶対後悔させない、むしろ感謝することになる」

きよこ
「何言ってんの?」


そしてワークショップ座学。
砂利を踏まされるための説得と認識したからか、
最初はムスッとして睨むように渋々聴いていた母。
 
意外にも途中から、
ワクワクした顔をし始めた。
 
室内の床で外ワーク的なことをやる。
そしてベランダの砂利を踏んでみる。

「痛いぃぃぃぃ!!!」
 
確かに、
布越しでも尋常じゃないぐらい痛がっている。

うーん、
とりあえず、
はだしの印象が最悪みたいなので、
気持ちのいい体験をしてもらいたい。
 
ダメ元で、
外に行ってみないか聞いてみた。
最後の抵抗を見せる。
 
「でもね、普通80歳になったら、新しいことを取り入れようなんてできない」
「普通の80歳だったらやらない」
「それだけに、もし継続できていい変化が見られたら、すごく貴重なデータがとれて、それはとっても世の中の役に立つ(かもしれない)んだよ」
 
こういうのが母のツボである。

やって当たり前みたいに言うより、できたらすごいと言うとチャレンジ意欲がそそられるらしい。
そして大義名分的なことを言うと弱い。(だから出資してくれる)
 
頑なに嫌がり続けていたが、
座学の効果もあってか渋々了承。

ふわふわの芝生でマンサンダルを脱いでみる。

あきこ
「どう?気持ちいいでしょ!」

きよこ
「痛いよ!!!」

あきこ
「えっ…」

きよこ
「昨日草を刈ったんだよ~、切り立ての草が刺さって痛いよ🥹」

あきこ
「え…どこにそんなのある…」

きよこ
「全部だよ!!!」

あきこ
「え、え~…😱」
 
やばい。
想像以上に重症だった。

まさかの、
芝生でガレ活が成立するっていう。
 
ガレ場作れないと思ってガッカリしていたが、
今の母には、芝生がガレ場か。
 
わざわざ刺さりにいかなきゃいいということを、
80歳で初めてデビューした人に伝えるのは中々難しかった。
 
あきこ
「(母の肩に触れながら)最初はこれぐらいの弱さ、触れるだけ」
「そこに少しずつ体重を移していく」
「痛いのはトゲトゲに対して体重をかけた時だけ」
「体重かける前に微妙に足をずらして草を横に倒せばいい」
 
これで接地の質がようやく変わった。
 
きよこ
「あ、ほんとだ…」
「でも痛いよ、痛いよ…えらいこっちゃ…」
 

最近、自分は痛みに耐性があるのかなと思い始めた。
はだし初期は痛くて大変だったけど、
それについて特にマイナスイメージが無かったような。
普通は痛いと嫌なのか…。
 
最近ガレ活の話をしたり、
剣山のようなトゲトゲしたマットを見せると、
「自分はそこまでして鍛えなくてもいいや」
とよく言われる。
 
でも決して「そこまで」じゃないのだ。
「そこまで」滞っている、ということだ。
「そこまでになってしまった」という状態に、
危機感を持てないことが危ないわけである。
 

今過去を振り返ると、心底思う。
こんな道ですら痛いと感じていた時の、
自分の身体能力は酷い状態だった。
 
でもその状態に慣れきっていたから、
それが普通、むしろいい状態だと思っていた。
精神的には、日々課題を乗り越え、成長を感じていたから。
 
ただ、ちょっと走ると苦しいので、
本来は持っていた動物としての何かを失っていると感じることはあった。
でも私は体力派じゃないしと、日々の忙しさにかまけて、
そこへの優先順位は上がらなかった。

これは決して苦行ではない。
自分以上のものになるのではない。
鍛えるのではない。
取り戻す。
 
変化して、
初めてわかることが色々ある。
 
真っ平で柔らかい芝生ですら、
綱渡りするようにヨロヨロ歩いている80歳の母。
果たしてどう変わっていくのか。
そもそも続けてくれるのか。
 
続く…(かもしれない笑)
 

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