歩き方レコーダー
どんな声で話しているか。
どんな顔で笑っているか。
どんな風に歩いているか。
実は案外、自分ではわからない。
昔ミュージカルをしていた頃、
最初は自分のダンスを録画で見てショックを受けた。
カッコよく踊れているつもりなのに、
自分の中のイメージと全く違う。
歌も同じだった。
美しく歌えているつもりでも、
録音を聴くと愕然とする。笑
でもそういうことをして客観視するから、
少しずつ、よりよい方向へ向かっていけた。
歩き方はどうだろう。
実は多くの人が自然と行っている着地の仕方は、
1972年に初めてクッション性のある靴が登場したことにより、
急速に広まった、比較的新しい歩き方。
そしてそれは、
身体に負担を蓄積しやすい動きでもある。
歩けば歩くほど疲れる歩き方。
一方で、
人間本来の動きに近付いていくと、
歩くことや走ることそのものが身体を整えてくれるようになる。
だから私は、
走るのが大の苦手で嫌いだったのに、
いつの間にか好きなっていた。
私はマンサンダルを通して初めて、
自分が人間本来の動きから大いにズレていることに気付いた。
そしてそのズレは、
気付いたからといってすぐには修正できない。
今日から利き手と逆の手で生活してくださいと言われたら、
なかなか大変だと思う。
それに少し似ている。
ワークショップで、
その歩き方の基礎をお伝えするけど、
言葉にするのも難しい。
ダンスという言葉を聴くと、
いつも思い出すシーンがある。
プロダンサーの、
ただ手をパッと上げたような動き。
ただ手を上げただけなのに、
あまりにもキレが良く。美しかった。
「手を上げる」
言葉にするとそれだけのはずなのに、
初心者とは何かが圧倒的に違った。
物理的にはできるような気がする動作でも、
「なんだかそうじゃない」部分は、
言葉で説明しても、
すぐにはできるようにはならない。
ある程度人間本来の動きができるようになって、
もっと洗練させたいという時、
マンサンダルの紐を緩めると、
より難易度の高い課題を作り出してくれる。
何も知らなければ、
すぐに脱げたりする、
使えない状態。
でもこのゆるさの中で履きこなせれば、
より深く、はだし的な動きが定着しているということ。
先日、開発者より紐の調整方法の動画が配信され、
インストラクターでもまだまだ紐のゆるさが足りない人が多いとのことだった。
「たるんどる」
ならぬ、
「たるみ足りない」お達し…笑
そこで早速、もう一段階紐を緩めてみた。
最近紐の問題は全く起きなくなっていたけど、
右の紐だけズレるようになった。
微妙な動作の違いを分析して、
試してみる。
一歩ごとに気を付けて慎重に歩くとズレない。
でも普通に自然に歩いて、
しばらくして見ると大体ズレている。
その時、
「歩き方レコーダーみたいだな」と思った。
歩き方を録画してくれ、
リアルタイムで上映してくれているようなもの。
自分では気づけない身体のクセを、
例えば紐のズレという形で可視化してくれる装置。
うーん。
左右で同じ動きをしているはずなのに、
ズレるのは絶対に右。
紐がズレるということは、
そこにそういう力がかかっているということ。

いっそ鼻緒が無くても別にいいらしい。
でもこれは逆に簡単かも。
ゆるゆるで歩くの難しい。
本当に、
自分のできていない部分を把握するのは、
とても難しい。
ワークショップで動きを伝えていても、
言った瞬間はできても10秒経つと戻るということは、
よくある。
でも本人は気付いていない。
それでも、
使わなくなった回路に少しずつ神経を通していく過程で、
自分の身体が、
より自分のものになっていく感じがする。
だから向き合うことに夢中になってしまう。
歩くことは毎日のことだから、
その体験の質は、
思っている以上に人間の健康に関わっている。
一緒に探求してみませんか。
興味のある方は、
ぜひワークショップにも遊びに来てください♪
