【標高1800mの大草原で、馬とはだしの6日間】
行く理由もよくわかっていなかったモンゴルが、
人生最高の旅になった。
イメージしていた日本の芝生とは少し違い、
色々ないい香りのハーブや、
小さいお花で埋め尽くされていた。
ハーブだけ食べているから、
動物たちの糞もいい香り。
もちろんミルクやチーズやお肉は極上。
「バチン、バチン」という大きい音を立てる、
バッタがたくさん飛んでいる。
そして意外にも、
ハムスターがたくさん住んでいる。
虹が出たら、
端から端まで丸ごと見える。
そんな楽園を馬に乗って駆けることは、
最上級のエクストリームだった。

旅の資料にしっかり目を通したのは、
出発前日になってから。
モンゴル馬は、日本とは違う、半野生。
草原で放牧されている時間が長い。
視覚、聴覚、嗅覚が発達していて、
ちょっとした音や動きにも敏感に反応する。
だから目の前で突然何かが動いたり、
大きな音がすると驚いて暴れたりすることがある。
穏やかな性格で人にも懐くが、
距離感は日本の馬よりも遠い。
人の手からニンジンは食べないらしい。
乗馬の掟に、気になる項目が。
「馬上で奇声をあげない」
「驚いても大声をあげない」
(よけいに馬が暴れる)
…。
どうしよう。
治らない叫び癖のある私、
生きて帰れるだろうか…😭
最初に今回のツアーを知ったのは去年の7月。
メキシコに申し込んだあと、
「モンゴルも行くんだよ」と教えてもらった。
「何しに行くんですか」と訊ねたら、
「まだ何も決まってない」とのこと。
私にとってはメキシコ行きも中々の決断だったから、
さすがに同時期にモンゴルまで行けないと思った。
でもイベントの募集が始まった時、
告知の文章を読んだら魂が高揚して、
気付いたら申し込んでいた。
それが11月だったみたい。
その後の怒涛の流れで、
その文章の内容は、
すっかり忘れてしまっていた。
馬に乗るらしいということすら、
把握していなかった。
そして直前まで、
本当に行くかどうか迷っていた。
6月は私にとって大きく試された転換期で、
精神的に苦しい時期だった。
あのエネルギーが低下した状態で、
モンゴル行きや長野行きを決断できた自分を、
褒めてあげたい😭
こういう時に決め手になるのは、
理屈じゃない。
現実を考えると、
行かない方がいいのかもしれない。
でも…
あの時あの文章から感じた周波数へ、
魂が反応した感覚を憶えていた。
その感覚を信じることにした。
決めたから好転したのか、
自分の調律が間に合ったのかはわからないが、
7月にはV字回復し、
想像もしていないほどの結果が出た。
だから「ここまで来たぞ」と堂々とした気持ちで、
心置きなく全力で旅を楽しむことができた。
それが本当に嬉しい🥹
帰国してから、
結局その文章はどう書いてあったのか気になって見てみると、
「あれ、本当にこれ?」
という不思議な感じ。
うーん、当時はなんだか、
もっと壮大で感動的な芸術作品に感じてたんだけど。
だってあの時の私は、
モンゴルにそこまでの関心は無くて、
全く行く気も無かったのに、
読後1秒で申し込んでしまった。
もしや、文章以上に、
その文章を通して旅の周波数を受信して興奮してたのかしら。
だとすると、むしろ私の嗅覚がすごいのか✨
なんちって🤣
でも反応したキーワードは憶えがある。
「モンゴロイド的アニミズム」
「原点回帰」
言葉は時に、不自由で不完全だ。
どれだけ言葉を尽くしても、
こぼれ落ちてしまうものの方が大きい。
なのに時々、
その小さな言葉の器を遥かに超えて、
言葉では到底表せないはずの全てが、
たった一文から、
一瞬にしてドッと流れ込んでくることもある。
直筆なら気が入っているとかあるだろうけど、
デジタルでもそんなこともあるのかな。
だから最近は、
頭では「どう考えてもこうしたほうがいい」と思っても、
魂や身体が拒否する、または反応しない、
そういうことを極力やらない。
以前は、できなかった。
考えて決断してしまったり、
義務感や惰性で気付いたらやっていたり。
でも最近少しずつ、
できるようになってきた。
しなかったことがそれでよかったかは、
しなかったからわからないけど、
多分それでいいんだろうなと思う。
やりたくないことをやらないことは、
やりたいことをやるのと同じぐらい大事だが、
時に非常に難しい。
自分にとってよりよい選択は、
思考より感覚に頼った方がいい。
野生動物みたいに。

【8月1日】
空港で18人と合流。
こんな大人数の団体行動なんて久々で、
学校行事のような懐かしい気分になる。
スタッフが担任の先生に見えてきた。
4月に初めて国際線に一人で乗った時はあんなに怯えていた入国審査、
もう何とも思っていない。
わからない言葉があっても、気にならないようになっている。
顔認証で「バック」と言われ、つい反射的に後ろを向いてしまった。
「下がれ」という意味だった。笑
4時間半でウランバートル着。
日本との時差は1時間。
現地ガイドさんたちと合流。
大草原の道を、車でアルタンボラグ方面へ。
道は曖昧。
標識も無い。
「なのにどうやって目的地に向かえると思う?」
とクイズ。
「山の輪郭を覚えている」
なんとなく答えてみたら、
当たりだった。
現地の人にとっては、
普通のことらしい。
いいなぁ。
そういうの、カッコいいなぁ。
でも、覚えるまではいかないけど、
6日間過ごして、確かに同じ景色は無かった。
移動するごとに、
山や地平線の輪郭が違う。
住んでいると、
だんだん繋がってくるんだろうな。
木の形で山道を覚えたりするもんね。
すっかり暗くなった22時頃、
キャンプ「ほしのいえ」に到着。
歓迎の印にと、
同じ杯で牛乳を回し飲み。
「白い食べ物」は、
「純粋さ、幸福、豊かさ」の象徴。
旅人を乳製品でもてなすことは、
伝統的なおもてなしなのだとか。
メキシコほどではないけど、
ちょっとは前日に言葉を練習してきたんだけど、
ものすごく流暢な日本語でお迎えしていただいたので、
下手なモンゴル語は恥ずかしくて喋れなかった。笑

【8月2日】
ブチッ….
ザクッ….
ブチッ….
ズズッ…
そんな音で目が覚めた。
え、なんだろう。
縄を切る音?
何のために…?
そう思ってゲルの外に出たら、
…牛。
しかも、めっちゃいる。
謎の音は、
牛たちがモグモグと草を食べる音だった。
こんな目覚ましは、人生初。笑
野生の牛は居ないそうなので、
誰かが放牧している牛だろう。
それにしても、
360度見渡して、
見える範囲に柵は無い。
こんなにも自由に過ごしているんだな。
たくさんの牛がモーモー言ってるのがなんだか嬉しくて、
つられて一緒にモーモー言ってみた。
何頭かじっとこっちを見ながらモーモー返してくれた。

お昼頃、
今回の旅で乗せてもらう馬たちと対面。
妙に目が合う馬がいて気になる。
気のせいかと思って移動してみると、
首をずらして、こっちをじっと見ている。笑
何人かに「顔が似てるよ」と言われ、
余計に気になる。
しばらくすると、
絶対にあの子と過ごしたいという感覚が湧いていた。
希望通りの馬に乗ることができたけど、
乗ってみると、
自由気ままに身動きする。
確かに日本の馬とは違う。
最初は全く言うことを聞いてもらえず、
引き馬してもらう。
事前の情報では、
この日はまだ遠くには行かないとのことだったので、
ゲルの周りを軽く一周ぐらいかと思っていた。
でも早速草原へ出かけて、
かなり長い距離を歩いた。
既にかなりの満足感。
だってこんな大草原で、
馬に乗ってのんびり歩いているなんて。
馬の嘶きが心地良い。
最初は怖くて、
ちょっとした振動でびっくりして、
自分の体感覚にしか意識が行かなかった。
鞍から下へ意識を向けられなかった。
でも少しずつ馬体の感覚、
地面の感覚を感じる余裕が出てきた。
馬の感覚と繋がったら、
速歩も怖くなくなってきた。
明日は一人で歩いてみようかな。
帰ってきて、
シャワーを浴びて、
ご飯を食べて、
のんびりして、
夜21時。
それでもまだ、
昼みたいに明るい。
モンゴルはこんなに日が長いんだ。
びっくり。

【8月3日】
目が覚めたら、
ものすごく呼吸が深くなっていた。
早朝、希望者でお散歩へ。
昨日の疲れかちょっと気怠かったので、
物音がしたらついていこうと、
出発ギリギリまで横たわっていた。
でも早朝だからか、
静かにそっと出発したよう。
時計を見たら、
出発後20分は経っているみたい。
せっかくなので、
仲間の群れを目指して全力ダッシュ。
気持ちいい。
走ることで、
みるみる整う。
はだしで走ることにこんなに向いている土地も、
そうそう無いだろう。
こんな道を延々走ってみたいなぁ。
みんなに追いついたのは、
名前も知らない山の山頂。
丘と言った方が近いかも。
最後の急登は、
ダッシュ後には厳しく歩きになる。
四つ足になったら気持ち良さそうなガレ場だったので、
やってみたら楽しくて駆け上がる。
こんなに息が切れて、
鼓動がドンドンする感じは久々。
とても気持ちいい。
しばらく休んだら、
また走りたくなって、
先に帰る。
団体行動してるような、
してないような。笑

完全に日が昇ったら、
改めて大草原の景色に圧倒され、
立ち尽くす。
ゲルから離れていたので、
完全に360度草原しか見えない空間。
そして、
誰の人影も見えない。
もう完全に、
私と、草原と、空だけ。
あまりに比較物が無さすぎて、
四方の山までどのくらいなのか、
全く距離感がわからない。
だから、広大なんだけど、
距離感がわからないせいか、
ミニチュアにも感じられる。
なんて不思議な空間なんだろう。
大草原ってこんな感じなんだ。
広い芝生でしょって思っていたけど、
やっぱり実際に体感しないと感じられないことが、
たくさんあるんだな。
地球にこんな素敵な場所があったんだ。
ウズウズと声を出したくなり、
モンゴル民謡風に、
感じるままに思い切り即興で歌う。
気持ち良くて最高。
そんなことをしていたら、
あちこちに散らばっていた牛たちが、
だんだん一箇所に集まり始めた。
気づけば50頭くらいの群れになり、
突然、総員ダッシュでこっちに向かってきた。
「!!!」
え、
まさか自分めがけているわけじゃないよね。
え、
もしや私の大声で興奮した…?
いやいやまさかそんな、
楽しく歌ってたぐらいで…
いやでも、
方向的にこっち来てるような…
いや、
これ来てるよね….
あ、やばい。
完全に来てる!!
ひぃぃ〜〜〜どうしよう😂💦
反射的に走って逃げてしまったが、ふと。
こういう時って、
背を向けて逃げちゃいけないんだったか?
いや、それは熊か?
牛は草食だから、
食われる心配は無い。
でも、
轢かれかねない。
ドキドキしながら牛たちを直視し、
観察しつつ、
少しでも進路から外れるよう横移動。
5mくらい目の前を、
すごいスピードで横切っていった。
ドドドドドドドド…
ものすごい地響きと砂埃をあげて。
…大迫力。
圧巻だった。
今思うと、
動画でも撮っておけばよかったと思うけど、
直前でダッシュした方がいいのか、
ギリギリまで迷っていたので、
そんな心の余裕は無かった。
のんびりしているとかわいいけど、
大群で突撃されると、
さすがに怖い。
…。
もしかして今の、
何気にちょっと危なかったのかしら。
追突されなくてよかった〜。
早朝からまさかの、
乗馬以上のスリル🤣
もう完全に、
ライオンキングのワンシーンみたいだったもんね。
王様ライオンが、
暴走したヌーの大群に轢かれるところ。
または、
闘牛士ってこんな気分なのかな。
みたいな疑似体験。
無事に済んだので、
いい思い出になりましたとさ。
ホッとして、
またのんびり一人で景色を眺める。
あれ、そういえば、中学生の頃、
いつも草原の絵を描いていたんだったな。
こんな輪郭だったよ。
忘れてたけど、思い出した。
あとは、
これも中学生ぐらいの時に読んだ漫画だけど、
『天才柳沢教授の生活』にモンゴルが出てきて、
いつか行ってみたいと思ったことがあった。
地平線から昇る朝日。
または地平線に沈む夕陽。
どっちだったかは忘れたけど、
それが印象的なシーン。
でもそれはもっと真っ平らな地平線だったので、
事前にキャンプ地の写真を見て、
ちょっと理想とは違うかなと思っていた。
でも実際に来てしばらく眺めてみると、
これはこれで、
この凸凹感がむしろ、
地球という球体っぽい感じかもとも思えてくる。

今日は午前も午後も乗馬。
「チュッ!」
「チョウ!」
そんな掛け声で進むはずなんだけど、
昨日は全く言うことを聞いてもらえなかった。笑
今日は、初めて成功。
昨日は怖かった速歩、
今日は気持ちいい。
馬は基本的に、
最初に選んだ馬に最後まで乗る。
私を乗せてくれた馬は、
チャプティルマルという名前。
昨日はずっと激しく首を縦に振っていた。
草原にはハエが多く、
それを嫌がっていることが多いそう。
でもそれだけじゃなかった気がする。
群れの先頭になった途端、
急に大人しくなり、
機嫌が良くなった気もする。
そっか、
君は前に来たかったのね。
遊牧民と並んで先頭になった時、
歌っている歌を適当に真似してみたら、
何か話しかけられた。
??「モンゴル✕✕✕✕✕?」
わたし「???」
「それモンゴル語じゃん!」的な意味では?
と周囲より。
エセモンゴル語風に、
適当に音を発してみた。
??「✕✕✕✕✕✕✕!笑」
「なんだよ全然ダメじゃん!笑」
きっとそんなことを言ってると感じた。
2人で笑った🤣
モンゴル語は完全に接するのが初めてだけど、
位置が近いからか、
ちょっとロシア語に似ているんだな。
有気音の感じが。発音がえらい難しい。
先頭をしばらく歩いて満足したからか、
馬は急に素直に言うことを聞いてくれるように。
それでも常にパッと動いてくれるのではない。
たまに「本当は気が向かないんだけど仕方ないな~」
ぐらいの温度感。笑
最初は自由奔放すぎてどうしようかと思ったけど、
とりあえず一安心。
でも現地ガイド達から見たら我々も、
野生取り戻しすぎてて、
言うこと聞かない面倒な生き物だったかもしれない🤣
本当は一列になって進まないといけなかったみたい。
2〜3列になってしまったけど、
遊牧民は気にしていない雰囲気だったので、
まぁいいのかなと思ってしまった。
あれ、
私ってこんな人じゃなかったんだけどなぁ…
先生の話は一言も漏らさずに聞いて、
ルールは細かく守る性格だったような気がする。
いつの間にか不良になってしまった🤣
これはもう完全に、
我々のリーダーのせいである。
一応ルールは書いてあるけど、
あってないようなルールが多かったり。
例外が多すぎたり。
「ルールは目安であり状況によって変わる」
「常に自己責任で各自判断せよ」
みたいな暗黙の了解に、
適応しすぎてしまった。笑
普通はルールって、
その通りにするものなんだったね…。
ここでは、
短パンはだしでは乗れなかった。
でもタンクトップは、
注意されなかったので着ていた。
やっぱり素肌で感じる風は気持ちいい。
でもそもそも、
走ったりするなんて夢にも思ってなかった。
走るとなると、
確かに長時間の踏ん張りは、
慣れないと、
はだしでは負担だったかも?
最初はちょっぴり残念で窮屈に感じたけど、
ヘルメットやエアジャケットや脛当ても大事かもね。
夕方は、
キャンプファイヤーの燃料にするため、
牛の糞を拾う。
乾いている糞は、もはやただの草。
いい匂いだし、よく燃える。
遮るものが何も無い大草原で、
初めて月の出を見た。

【8月4日】
この日の乗馬は希望者のみ。
乗らない人は
・午前は伝統料理のボーズ(羊肉の蒸し餃子)作り
・午後は羊のくるぶしの骨でやる人生ゲーム(なんか深いらしい)
今日の乗り始めは、
ちょっとだけ、おしりが痛かった。
気持ちだけ、遊牧民になりきる。
「これは生活!」
とにかく移動するのだと。
だけど馬に乗って脱力したら、
馬上の振動がマッサージになり、
ほぐれて痛くなくなった。
やればやるほど慣れてきて、
乗馬の恐怖感が無くなっていった。
涼しい風が本当に気持ち良くて、
身体の力が一気に抜けて馬に身を委ねられた時、
幸せすぎて涙出そうになった。
あれ、私は本当は、
こんなに馬に乗りたかったのか。
やりたい人だけで、
駈歩(パカラッパカラッという駆け足)にチャレンジ。
希望したのは5人。
昨日、数秒間だけ馬が駈歩になった。
びっくりしてつい声を出してしまったのと、
全体が駈歩の時間ではなかったからか、
スタッフの指示でブレーキをかけることに。
でも、声は出たけど、
意外と精神的に大丈夫だったし、
まだあれをやっていたかった。
知識で知っていた通り、
速歩より縦揺れが無く安定感があった。
だから、
大丈夫だと思って手を挙げた。
そんなに長距離でなければ。
しかし、
私だけ引き馬スタート💦
最初は普通に歩くのも怪しかったのと、
何度かビックリして声を出したりしていたからか、
まずは引き馬で様子を見ようという判断らしい。
頭で理屈はわかる。
向こうの判断基準の感覚もわかる。
でも私の体感は違った。
逆に引き馬でスピード出すのが怖すぎて、
死ぬかと思った。
引き手の馬との距離が近すぎて、
引き手の馬体が私の脚に度々追突するから。
慣れている人には、
なんでもないことなんだろう。
でもその度に、
生命線であるアブミが外れそうな気がして怖い。
そして、
いつ怖くて限界が来るかわからないのに、
言葉も通じないし、
自分のタイミングで止まる指示が出せない状況。
やること自体が、
ものすごいチャレンジで神経を使う行為。
だから、
走ること以外に感覚や神経を持っていかれると、
途端にできる気がしなかった。
腕を持たれてスピード出されるのも、
「絶対落ちないようにしてるよ」という気遣いなのだろうと思いつつ、
自分には逆に怖かった。
「一人の方がまだ怖くない」と訴えると、
「いや、そんなことないんだけどなぁ…」と、
初心者のこの感覚はうまく伝わらず🤣
「じゃあ一人で乗ってみる?」
と普通に提案してくれたスタッフもいれば、
「え、ほんとに?」
と不安そうにしたスタッフもいた。
先生にも、
一人で走れることとコントロールできることは違うとか、
上は剥き身だから落ちたらそれなりに大変かもなど、
抑止寄りのコメント。
でも、
やめろとまでは言わない。
それを聞いて不安になるぐらいならやめておけ、
ということかなと思うことにした。
何があってもいいので、
やってみたいと頼んだ。
でも、
何故か不思議と、
そうならないような気がした。
もちろんとても怖いし、
不安は全く無いわけじゃない。
だけど不思議と、
できないとは思わなかった。
だって昔、
魂は経験したから。
そんな確信があった。
最初は歩くだけで精一杯だったのに、
この時は、
「私はきっとこれをやりにきたんだ」
そう感じていた。
最終的には、
「じゃあ自己責任でね!」
と許可してもらえた。
さっきの引き馬エクストリームが怖すぎたからか、
いい感じの脳内麻薬が分泌されて、
静かな高揚があった。
集中力は高い。
身体も万全。
このコンディションならいける。
足を速める直前、
馬が首だけ振り返って、
私をじっと見た。
「走るよ?大丈夫?」
まるでそんなことを言っているように。
「大丈夫だよ、走ろう」
そう答えた。
本当に言葉を聞いているように、
グッと加速して駈歩へ移る。
めちゃくちゃスリルはあるけど、
やっぱり思った通り。
一人の方が怖くなかった。
気持ちいい!!!
楽しい!!!!!
きっと私は、
ずっと乗っているチャプティルマルのことは、
命を預ける相手として信頼した。
でも相手が誰であれ、
他の人や馬とは、
それができる心の準備ができていなかったんだと思う。
相手に技術があるのはわかってる。
でも初日に引き馬してくれた人とも違うから、
動きのクセも、
何もかもわからない。
なのに近距離で寄り添い、
急にあのスピードで走るっていうのが。
でも、
この子となら走れる。
そう感じた。
そして本当に、
私はこんなの遠くから眺めるだけだと思っていた、
パカラッパカラッという走り方を体感していた。
まさか私の人生に、
こんな日が来るなんて。
そう思って感動していたら、
走り方の質が変わった。
もう一段階、
ギアが上がる。
え?
さっきのがトップスピードじゃなかったの?
びっくりしたけど、
ここでパニック起こしたら本気で死ぬと思ってるのか、
意外と冷静に集中できた。
景色は溶けて歪み、
天と地が混ざったようだった。
まるで水彩絵の具のように
草原には水色、
空には黄緑が、
境界線を越えて不規則に侵入して混ざっていた。
馬との分離感も溶けて無くなり、
馬と一体になり、
まるで自分の足裏で大地を駆けているように感じた。
ブランコですら身体が強張るスピード恐怖症の私が、
ここまでのスピードに身を委ねる歓びを初めて知った。
エネルギーの振動はとても静かなのに、
今までのどの人生の瞬間より強い高揚を感じた。
一瞬のようで永遠にも感じた、
色鮮やかな5秒間だった。
そして通常の駈歩に戻った。
速いところから戻ると、
もう全然怖くなかった。
そしてあの5秒間は本当に印象的で、
生涯忘れられないと思う。
でもリアルな感覚は数秒ごとに、1日ごとに、
どんどん遠のいてしまうのが寂しい。
もっと感じていたかった。
止まってしばらくしてから、
じわじわ歓びが湧いてきた。
できた!!
本当にできた!!
私にもできたんだー!!!!!
嬉しすぎて叫びたかった😭✨
(馬が驚くからできない)
そして普通のスピードで帰路につき、
ゲルに着いて馬から降りても、
まだ興奮が収まらず、
走り出さずにはいられなかった。
そして走った時、
身体の重さが全く無く、
どこまでも行けるような気がした。
その時走った身体の感覚は、
今までで走った中で、
一番気持ちが良かった。
ランナーズハイではないけど、
ランナーズハイは精神的な脳内麻薬で飛ぶ感じ。
今回は、
「走る感覚」そのものの話。
今ならフルマラソンも走れるような気がした。
走れないのが違和感なのは、
ランナーだった前世でもあるのかしらと思っていたけど、
馬だったこともあるのかも。
だから、
「なんで私はこんな走り方しかできないの?」
「本当はこうじゃないはずなのに…」
なんて、元々遅いはずなのに、
そんな違和感があるのかも。
チャプティルマルとは同じ群れで、
肩を並べて走っていたような気もする。
帰宅してから、
馬の歩き方の種類を調べた。
常歩(なみあし / ウォーク):4拍子の遅い歩き方(時速約4~7km)
速歩(はやあし / トロット):2拍子の小走り(時速約8~15km)
駈歩(かけあし / キャンター):3拍子の速い走り(時速約20~30km)
襲歩(しゅうほ / ギャロップ): 4拍子の全速力(時速40~60km)
こうして数字で見ると、
常歩と速歩までは、
人間の領域と同じぐらいなんだな。
(私はもっと遅いけど)
速歩から、
パカラッパカラッと3拍子になった時、
あれは駈歩のはず。
そこから更にギアが上がって、
明らかに体感が変わった5秒間。
うねるような揺れもスッと消えて、
ただただ横への強烈な加速。
あれって襲歩だったのかな?
もしくは駈歩のまま歩幅を広げる、
「伸展駈歩」だった可能性もあるみたい。
滞空時間が長くなるため、
空中を飛んでいるような浮遊感と猛烈なスピード感が、
襲歩と似た体感らしい。
でもどっちにしろ、
バイクで体感したことはある速度のはずなのに、
感覚が全く違った。
視点の高さと不安定さでスリルが跳ね上がること。
ブレーキをかければ止まるバイクと違い、
自分の意思を持つ数百キロの巨体。
「もし落とされたら」
「もし止まらなかったら」
そんな本能的な緊張感が、
体感速度を何倍にも引き上げるらしい。
そしてバイクはマフラーの排気音が鳴り響くけど、
あの5秒間は少しの風の音と、
静かな足音しか聞こえなかった。
まるでワープしているみたいだった。
揺れがないのに、感じる加速感だけはすごい。
乗馬の後で、
何人かでちょっとだけサッカーをした。
念願の、初はだしサッカー!!!
(はだし運動会の種目に提案したら不人気すぎてボツに🤣)
4対1のボール遊びで、
勝ったり負けたりした。
ものすごく楽しかった😍
でもサッカーって、
基本的に全力疾走し続けるスポーツなのね。
さっきはどこまでも走れる気がしたけど、
実際は10分も持たなかったという🤣
体力さえあれば、もっとやっていたかったー。
ちゃんとしたサッカーもやってみたーい。
フットサルでもいい。
でも全力疾走で力尽きて寝転がるって、
なんて幸せな感覚なんだろう。
そして、それなら、なんで普段はやらないんだろう。笑
今日も今日とて、
キャンプファイヤー。
踊りまくる全力宴会。
こういうの大好きだけど、
さっきのサッカーでもう激しい動きは厳しい🤣
ハァハァ言いつつ大汗かいて、
ビールやウォッカやワインを飲む。
今日もたくさんの流れ星を見たけど、
まるで線を引いたように、
太く長くハッキリした光跡のものは初めて見たのでびっくり。
お開きになって寝る直前も、
名残惜しいのかゲル越しに歌が聴こえてきた。
心地良い子守唄だった。

【8月5日】
朝イチで、
噂の「モグラ叩き」を初めて目撃。
草原には、
大勢のハムスターがいる。
(ハタネズミかもしれない説もある)
天敵のセーカーハヤブサが、
アラブの富裕層に鷹狩り用として人気があり、
モンゴルから大量に輸出された。
このことが、
ネズミ類が増えた一因だと言われているそう。
あちこちにあるネズミ穴から、
ぴょこぴょこと顔を出しては引っ込めている様子が、
モグラ叩きみたいで可愛い😍
少しゲルから離れて、
全裸で寝そべってみたら最高だった。
最近黒くなってきたから、
胸とお尻も少しは焼いてみたかったの。
全身で感じる風と、ハーブのいい香り。
視線を落としたら、
真っ平な地平線が見えるし。
でも馬での移動中も、
部分的にはかなり平らな、
私の理想に近い地平線を見ることができたので満足✨
朝食時。
「最終日、安全第一で!」
「骨折したら飛行機乗れません」
と軽く(重く?笑)プレッシャーをかけられる。
もう昨日で大満足したし、
めちゃくちゃエネルギー使って、
集中力もかなり低下してる。
今日は昨日より、
怪我のリスクが上がっている気がするし、
大人しく長袖でも着ておこう。
長袖着てても怪我はするけど、
少なくとも擦り傷系は、
「そんな格好してるせいで…」
と言われにくいだろう。
午前中は馬でチーズ工場へ行き、
お土産を買う。
チャプトゥルマルは、
ブルルルルとは言うけど、
嘶かないなぁと思っていた。
そしたら最終日にして初めて、
私の乗っている時に嘶いた。
「こういう声だったんだねー!」
「カッコいい!!」
褒めてみたら、
すぐまたもう2回嘶いたあと、
振り返ってこっちを見てて、
なんだか可愛かった🤣
昼食後、
羊の解体を見学。
もっとショックに耐えられなかったり、
吐いたりするかと思ったが、
予想外に淡々と見ている自分がいた。
解体が進んで、
羊の形でなくなってきてからは、
生き物の仕組みって本当にすごいとか、
内臓や血の色の美しさに感動していた。
でも、
ショックだというのとは何か違うけど、
言葉にならない余韻がいつまでもあった。
今も残っている。
殺される寸前の羊の表情。
足を折る様子。
皮を剥ぐ音。
その中のタプタプした柔らかい肉体。
意外と広い内臓エリア。
血だらけにならない手際の良さ。
まだ鮮明に記憶にある。
午後。
最後の乗馬。
駈歩したい人と、
ゆっくり行きたい人に分かれることに。
少し迷ったけど、
ゆっくりチームにした。
あの感動体験を、
もう一度味わいたいとはもちろん思った。
でも、
昨日は自信があったのに、
今日は少しだけ、
「大丈夫かな?」
と感じている自分がいる。
身体はどこも痛くない。
でも疲労感があり、
集中力は落ちているのがわかる。
昨日が95だとしたら、
今日は60くらいかな。
昨日は、
怖くても「行ける」という感覚があった。
今日は、
2回目だからできる気がするし、
やりたいとは思うけど、
「やって大丈夫かな?」
という感覚がどうしても消えない。
こういう時は、
思考じゃなくて、
感覚に従った方がいいんだろうな。
せっかく最高の体験だったんだし、
ケガで終わるかもしれないよりは、
このまま終わった方がいいのかも。
そんな風に、
最初は駈歩を諦める気持ちで決めた。
でも結果的には、
ものすごく良かった。
最初は必死だった常歩が、
もう難なくできるようになっていたから。
リラックスして、
景色を眺める余裕が生まれた。
歩くごとに輪郭の変わる草原。
ああ、これが私の見たかった景色だ。
あとは、
馬の歩き方を感じることや、
他の馬の足元を観察するのも楽しかった。
そして、
すぐ草原の道に行きたがるチャプトゥルマルは、
駈歩用の砂利道よりも、
こっちの道の方が好きみたい。
でも草原の道は速歩だとネズミ穴にハマって転ぶ可能性があるから、
あまりたくさんは歩かなかった。
それが今日はずっと草原を歩いているからか、
鼻歌でも聴こえてきそうなぐらい上機嫌。
最後のお別れとしては、
私にはいい時間だった。
しかし、
1回くらい落ちてみたかったような気もする。
そう現地スタッフに言ってみたら、
「知ってますよ」
と言われた。
そんな思考パターンまで、
まさかのお見通し~😆
夕食には、
お昼に解体した羊をいただく。
「食べられなくなるんじゃないか」
という心配に反して、
新鮮な肉は、
ものすごくおいしかった。
それ以外の感情が全く無いわけではないが、
とにかく、びっくりするぐらいおいしかった。
血のソーセージは、
あまりの濃さとエネルギーにびっくり。
苦手だったはずの脂身まで、
あまりにおいしくてびっくり。
ふくらはぎは中々噛みきれないほど強く、
たくさん走ったんだろうな…と思った。
こんな生命体をいただいたからには、
しっかり生きていかねば、
と思った。
食後は馬頭琴コンサート。
最後まで盛り沢山。
草原と馬をテーマにした曲。
馬が走っていることや、
嘶きの表現がよくわかる。
乗馬の様子を思い出して、
涙が滲んだ。
この旅で感じたことを、
シェアし合う時間があった。
いくらでもあるんだけど、
なんだか全然言葉にならず、
敢えて言葉にしたくないような気もしてきて、
珍しく一言にまとめた。
そして泣いた…😭
寝ようとしたら、
ずっと馬の映像が浮かんでいた。
知らない国の映像も。
22時ごろだったかな。
まだみんなは宴会をやっているようで、
楽しそうな声が聞こえてくる。
だけどもう、
エネルギーは売り切れみたい。
名残惜しいけど、先に眠る。

【8月6日】
早朝5時半。
空港へ向けて出発。
車の中で、
真っ平な地平線から昇る朝日が見られた。
「また別の機会に」
そう思って諦めていたけど、
最後に夢が叶ったー😭😭😭
可愛い仔馬の群れが、
踊るように前を横切って行った。
そして、
しばらく地平線を味わったあと、
コンクリートに乗った時の違和感がすごかった。
排気ガスなんてもちろん好きではないけど、
ここまで苦痛だったかという違和感にびっくり。
モンゴルの大草原と馬が、
こんなに大好きになるとは思わなかった。
一瞬だったようで、
永遠だったような、
本当に不思議な時間だった。
生きているってこういうことだと、
魂ではわかってることを、
最近、身体の感覚では忘れていた。
それをまた思い出したモンゴル。
この鮮度を、
なるべくキープしたい。
都心に住んでいて、
この純度に魂を調律するには、
きっともう、
はだしで走るより他に無い。
飛行機の中では、
そう思って燃えていた。
でも旅の濃度がすごすぎたからか、
帰宅したら、
中々現実に帰ってこられなかった。
海底に沈んだみたいに、
現実の感覚が遠くなって。
帰宅してから数日寝込み、
ある日は1日泣いていたり。
悪いことではないと思うけど、
ポストトラベルブルー(旅行後うつ)の疑い😂
体験が強烈すぎて反動で虚無感が出たり、
その強い体験で心理的防御が緩み、
奥にあった負の感情が出てくるとか、
あるんだって。
でも深刻な希死念慮や、
エゴを俯瞰する自分が消えたわけじゃないから、
まぁ放っとけば治るだろうとは思っていた。
今朝はなんとか、
水面まで浮上して、
プカプカ浮いているぐらいになってきた。
でもまだ、
岸には辿り着きたくないらしい。
直近のメキシコではこんなこと無かったし、
モンゴルは、
メキシコほどには行く必然性を感じていなかった。
だから、
ほんとびっくりな現象🫨
時差ボケも無いだろうしと、
いくつか隣の県に行くぐらいの、
軽めの旅行気分で出かけたのに。
こんなに濃厚な旅になるとは。
いや、
それでも直後4日間予定を入れなかったのは、
どこかで予見していたのかしらん😂
そして、
旅行に行って、
こんなにもお土産買ったのも久々。
そもそも、
スーツケース持って旅に出かけたの、
初めてかもしれない。
身軽さにこだわるか寸前まで迷った。
でもメキシコで、
スペースさえあればトルティーヤを買い込みたかったことを思い出して、
持っていくことにした。
そして多いだろうと思いながら200ドルも両替したけど、
2ドルを残して全部お土産と現地の酒代に使った🤣
スーツケースがあると、
気軽にたくさんお土産買えるからいいね。
ガレ活をキッカケに、
母のことを気にするようになったので、
身体に良さそうなサジーや松の実、
喜びそうなチョコを母へ買った。
モンゴルも、
メキシコも、
屋久島も、
富士山も、
大峯奥駈道も、
…今まで行ったところぜーんぶ、
地続きなんだなぁ。
いや、
知ってはいたさ。
当たり前なんだけどさ。
でも初めてこんなに鮮明に、
球体の表面の映像を思い描いている。
