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医師からベンチャー、そして起業へ



どういう記事で何が書いてあるか

アクセスありがとう。
これは普通の医師とは違う20代を過ごした私の備忘録です。
皆さんにとって少しでも役に立つことがあればと思い、書かせてもらいました。


医師という安定したキャリアを捨てて、ビジネスの世界に飛び込むことを決意する。

みなさんの周りで、全く聞かないというわけではないだろうが、実際に自分がそのような選択肢を取ることを想像できるだろうか。

医師からビジネスの世界に飛び込んだ私が20代の後半を振り返ってみようと思う。
ビジネスに興味のある先生や今後の医師のキャリアに不安を抱いている先生にはぜひ参考にしてほしい。

読めば『医師がビジネスをするとはどういうことか?』というのが朧げながらわかってもらえるだろう。
言わずもがなそこには多くの苦難があった。
なんせ、ビジネスの素人(おまけに医師としても1人前と言えない)がほぼ丸腰で資本主義市場と対峙しないといけないのだから。

ただその困難は『キャリアが丸潰れになる』『食っていけなくなる』といった種類のものじゃあない。
もっと大きな、自分が社会に対してどうあるべきか、ということの葛藤であり一種の心地よさすら覚えるものだ。

違和感との出会い:初期研修時代、入局前夜

思えば、ずっと違和感を感じていた。
24歳で医学部を卒業し、地元のハイパー寄りの病院で初期研修を始めた私だったが、はっきり言って医療に対してなんの面白味も感じることができなかった。

医師家系ではないし、たまたま高校の成績が良かったからなんとなく地元の大学の医学部に進んだだけで、私には医師になることへの目的意識など皆無だったのだ。

そんな敷かれたレールしか歩まないモラトリアム大満喫小僧は医業に対してイマイチ面白さを感じることができていなかった。
手術だけは楽しかったので、進路は外科系にすることに決めた。

医師以外の進路、というのは目にはチラついていた。地方の田舎だったが、2018年ごろSNSはすでに普及していたし、医師が医師以外の進路を取ることについて本なども出版されていた。

ただ、それでも、レールから外れることは怖かった。
色々考えた末、初期研修が終わっても私は医師を続けることにした。
わからなかったのだ。2年間の初期研修を終えた末、自分が医師で無くなった時にどんなスキルがあってどんなバリューが発揮できるのか。
そんな不確実性をとるくらいだったら、とりあえず医師でいよう。そう考えて、結局みんなと同じように入局した。
ささやかな抵抗として、地元を出て東京に出た。

入局して東京の病院で外科医として働き始めてからは、充実した日々を送っていた。要領は良い方だったので、手術主義の習得・病棟業務・人間関係などそれなりに充実した生活を送っていた。

しかし、毎日を忙しく働く中で苦悩もあった。
当時は医師の働き方改革が始まる前だった。
毎日の診療の中で目にする非効率な業務プロセス、いつまでも変わらない古い慣習、病理伝票を紙で運搬、麻薬伝票に手書きでハンコ、まず出勤してやることは手術室のセッティング、ゼロリスクを追求するが故、秘伝のタレのように複雑になった病棟オペレーション、非効率・非効率・非効率。
押せども引けども変わらない非効率。

そして何より、変革の必要性を感じながらも誰も動こうとしない組織、そして医療界の空気。

医療界には課題がたくさんある。
病院内の低い生産性、増え続ける医療費、医師の地域偏在、病院の経営赤字

「もし自分が医師を辞めるとしたら、それは医療の未来のためではないか」

おこがしくも、そんなことを考えるようになった。

その思いは日に日に強くなっていった。
手術をこなし、論文を書き、医局内でプレゼンスを高めることは、確かに王道のキャリアパスだった。

しかし、その道を進むことで、本当に自分はなりたい自分になれるのか?

ある日、僕は医師を辞めた。

未知への跳躍:ベンチャー企業での学び

結論から言えば、私は医局人事から外れることをを決意した。(ほぼ退局なのだが結果的にいま現在まで退局はしていないのでこういう書き方にした)
というのも、医療系のベンチャー企業から声がかかったので、そのまま就職させてもらうことにしたのだ。
周囲からは「リスクを取れるのがすごい」「応援している」という声もあったが、「せっかく医師になったのに」「せめて専門医を取ってからでも…」という声も聞こえてきた。

しかし、医療を本質的に変えるためには、医療の外側からの視点と共にビジネスの手法、経営の方法論を学ぶ必要があると確信していた。

その企業は今では飛ぶ鳥も落とす勢いで大きくなっているが、私が入った当時は人数も少なくまさにスタートアップのカオス!を体現していた。まさに未知との遭遇の連続だったが、結果的にこの選択は大成功であった。
マーケティング、営業、システム開発、デザイン、組織づくり、人事管理...。これまで触れたことのない知識と経験が、日々私の世界を広げていった。

ビジネスに触れる中で学んだ中で最も役立ったものの一つが、セールスとマーケティングの重要性だった。
医師時代の私は、製薬会社のMRや医療機器メーカーの営業担当者から常に丁重な対応を受ける立場にいた。読者の皆さんもそうだろう。
ともすると、医療界には「営業というのは卑しいもの」「本来不要なものを押し付けようとしてくる」「低レベルな仕事」という意識があるのではないだろうか。

その雰囲気に倣うようにして私は「良い製品やサービスは、自然と市場に受け入れられるはず」という、まるで赤ん坊のような幻想を抱いていた。

しかし、現実は私の認識とは大きく異なっていた。
有名な「ジョブ理論」(※1)が示すように、顧客は単に製品やサービスを購入するのではなく、特定の状況下で達成したい「仕事(Job)」を完遂するために購買を決定する。
また、行動経済学で言われる「システム1・システム2」(※2)の意思決定プロセスが示す通り、人々の購買判断は必ずしも合理的ではなく、感情や直感に大きく影響される
日々の生活を振り返れば、ウェブ広告、メールマガジン、セールスコールなど、あらゆる購買行動の裏には、これらの人間心理の深い理解に基づいた緻密なセールス・マーケティング戦略が存在。

※1 Jobs-to-be-Done Theory(仕事理論)
クリステンセン教授が提唱したこの理論では、人々は製品やサービスそのものを求めているのではなく、特定の状況下で達成したい「仕事(Job)」を完遂するための手段として、それらを「雇用(hire)」すると考える。例えば、人々はドリルそのものが欲しいわけではなく、「壁に穴を開ける」という仕事を達成したいのである。この視点は、表面的なニーズではなく、顧客の本質的な課題や目的に焦点を当てることの重要性を示唆している。

※2 システム1・システム2
ノーベル経済学賞を受賞したカーネマン博士が提唱した二重過程理論である。システム1は直感的、自動的、感情的な意思決定を担当し、システム2は論理的、意識的、合理的な思考を担当する。購買行動の多くは、実はシステム1による瞬間的な判断に影響されており、人間は考えているほど合理的な判断をしているわけではないことが明らかになっている。この理解は、効果的なマーケティング戦略の立案において重要な示唆を与えているのである。

ベンチャー企業に入職してから、私は経営に携わりながらも自らセールスの最前線に立った。
これまでMRやディーラーを無碍に扱っていたことの因果応報なのかもしれない。顧客に鼻先であしらわれることも少なくなかった。
自身のスキル不足で顧客と信頼関係を築けなかったり、訴求が出来ずに悩む日々もあった。

しかし、この「泥臭い」営業経験こそが、私をビジネスパーソンとして大きく成長させてくれた。製品やサービスの価値を相手に伝え、共感を得て、行動変容を促す。

ドブ板営業は無敵のビジネススキルだ。
それだけでなく、私は医師という特殊性があったり、ベンチャー特有の全員野球の環境でオールマイティな能力を得ることができたりしたため、とてつもない成長を遂げることができた。

30歳、新たな挑戦

ベンチャー企業での経験は非常に貴重なものだった。
27歳で医師を辞めておよそ3年間、20代後半の思い出は全てこの会社で彩られている。
しかし、より自らの思想を先鋭化し実現するため、私は再び新しい挑戦を決意する。それが、自身の会社を立ち上げることだった。
27歳の時に医師を辞めてすぐ起業する選択肢もあったのだが、この愉しき寄り道はこれはこれでよかったのだと思う。

会社はまだ小さいが、なんとか事業を営むことができている。

私がどんな事業を営んでいるのか、どんなビジョンを夢見ているのか。
それはまた別の機会に述べることにしよう。

もう30歳、まだ30歳

振り返ってみると、20代後半は挑戦と成長の連続だった。医師をやっているだけでは見えなかった世界が、今では鮮明に見えている。そして、医療とビジネスの両方を理解する稀有な立場だからこそできることがある、という自信も得られた。確かに、道のりは決して平坦ではなかった。しかし、「誰かが変えなければ、何も変わらない」という信念は、今も私の原動力となっている。医療界は、これまで以上に大きな変革を必要としている。

自分は30歳という節目をややネガティブな気持ちで迎えた。
「間に合わなかった」という気持ちが大きかったからだ。
何に間に合わなかった?間に合わないからなんなんだ?ともう1人の自分がWhy So? So What?を駆使して詰めてくるが、とにかく間に合わなかったのだ。

Why So? So What?
ロジカルシンキングの基本的な手法で、根拠と結論のつながりを明確にし、論理の飛躍をなくすためのフレームワーク。

私は医師であり、ビジネスパーソンである。
今ではビジネスを営む医師も珍しくなくなったが、それでもまだまだ世の中にgiveできることがたくさんある。

まだまだ間に合う。次の節目は35歳。そこまでに何ができるか。
これからも、医療の未来を切り拓く挑戦を続けていきたい。

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吉川 響 @ AIドロッポ医 この記事が良いと思った方はお布施をお願いします! 今夜のハイボール代に使わせていただきます。