小松美羽展 「祈り 宿る」にて、神獣とつながる空間を味わう

「本当は確かにあるはずなのに、
みんながあると気がついていない世界」
本当はあるはずのものを見るために
情報過多なこの世界で
目に入るものを隅々キャッチしているようでも
認識できていない、気づいていないもの、
“ 見ていないもの ” が実はたくさんあって
もしかしたら神獣だっていまこの時でさえ
見ているのかもしれない
もっと目を凝らすように
感じること、受け取ろうとすること、
感謝すること、祈ること、許すこと、
地球のルーツに思いを馳せたり
今ここにいる自分という存在について考えたり
自分の内側の隅々にまで意識を向けたり
皮膚との境界線を感じたり
自分の内側から外側まである
様々なレイヤーみたいなものを
丁寧に観察を重ね
自分の内なる神との繋がりを感じられたなら
ここで出会った神獣や神々に
いつか出会うことができるのだろうか

この角度が好き
見ることは怖いこと?
「見えない世界」に関して
わたしはどちらかというと
気がつきたくない、
という感覚があったかもしれない。
きっと気づいたら大変なことになる、
という謎な強迫観念みたいな感覚と
「そういうの、自意識過剰っぽくてちょっとダサいし。」
という、まあ、
この感覚はガメってる(スネている)ともいえるのだけど
いろんな方向から言い訳をして
“そちら側”を覗くことを避けていたように思う。
でも“そちら側”というカテゴリーは
どちらかというと実は“こちら側”のこと
こちら側とは
分かりやすくいうと自分自身のことなのだと
今年に入ってようやく腹落ちしてきたので
見えない世界を
自分自身を
受け入れることが
お恥ずかしながら
この歳でようやくできてきた。

“怖い”から“遊ぶ”に変わった
小松美羽さんの作品も
少し前まで「なんか怖い」と思っていたかもしれない
触ってはいけないとか
足を踏み入れちゃいけない
みたいな感覚が根強くあったように思う
でも最近は春に見たヒルマ・アフ・クリント展もそうだけど
霊性とかスピリットとか見えない世界、
神獣の世界の時間と空間を存分に味わうことができた
わたしも曼荼羅を描く側になってから
そういった “ 受け取る感覚 ” みたいなものを
体感したり表現できるようになってきて
観覧中はちょっと「作品と遊ぶ」みたいに
楽しい時間になった。



わたしではない内側に語りかける神獣
今回の作品の中で強く印象に残っているのが
「動き出すエンティティ」
ほかの神獣たちも鑑賞者を見つめている作品が多いけれど
この作品は「問い」と「圧」がすごい。
この作品の前に立つと
「ちゃんと魂を生きているか」
「いつも見ている」
といったような
わたしではない自分の内側にいる“何か”に向かって
語りかけられているような感覚になる

小松美羽さん曰く、
「絵を見た人たちの魂の成長をサポートする」
というような役割を担っているそうで
作品や経歴や活動を知れば知るほど
すごく納得の役割だなあと感じます。

この世界、宇宙を成り立たせている
根源的な純粋性と接続できるのは
過去から現在へ人々が受け継いできた『 祈りの力 』である

『小松美羽 祈り 宿る Sacred Nexus: Resonating with Cosmos』では
小松さんが祈り描く神獣や宇宙観を目にすることで
神々の世界とわたしたちの魂を繋ぎ
見えない世界を気づかせてくれる、
そんな時間と空間を味わえるのではないかなと思います。
見えない世界とまだ繋がっていない方はこの機会にぜひ。
個展に先駆けて6月はライブペインティングにも行ってきました。
描き始める前の祈る姿がゾワッときました(いい意味で)
下書きなしで一気に描かれる様子はまさにご神事でした。
その時の様子はこちらから。
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