誰かを責めたくなったとき、過去の自分を想い出した。
以前にも少し書いたことがありますが、私はずっと、自叙伝を書いてみたいと思っていました。
でも、いざ書こうと思っても、生まれた頃の記憶なんてほとんどありません。
「ちびまる子ちゃん」みたいに、当時の自分や周りの登場人物を鮮明に思い出して描くなんて、私には絶対に無理!
そう思っていました。
まあ、そもそも「ちびまる子ちゃん」を基準にしている時点で、かなりハードルが高いんですけどね😁
そんな中、世の中はどんどんAIブームになっていきました。
私ももれなくAIに興味を持ち、
「私なんかでも使えるんだろうか?」
と思いながら検索し、ChatGPTをダウンロードして使ってみることにしました。
すると、想像以上に面白い反応が返ってきたのです。
「ウッソー!? AIって、こんな切り返しをしてくるの?」
そう驚きながら、私はどんどんAIにハマっていきました。
そしてある日、
「自叙伝を書いてみたいんだけど」
と壁打ちしてみました。
すると、思っていたより難しいものではなく、私が書いた内容を読みやすく整えてくれたのです。
その文章を見て、またびっくりしました。
それから、自叙伝をどこに載せたらよいのかも相談し、たどり着いたのが、このnoteでした。
初めて投稿したときは、ドキドキ、ハラハラ。
たどたどしい文章を載せながら、
「こんな私の記事を、本当に読んでくれる人がいるのだろうか?」
そう思っていました。
最初の頃、「スキ」をしてくださる方は、1人か2人。
それでも、たった1人でも反応してくださることが、とても嬉しかったのです。
他の方の記事を読みに行くと、桁違いのフォロワーさんがいる方もたくさんいて、
「すごいな〜」
と思いながら眺めていました。
私にも、そんな日が来るのだろうか。
バズるって、どうなったらバズるんだろう。
そんなことを考えたこともあります。
フォロワーさんを増やすコツを書いている方もいて、
「私も、そういうことを勉強した方がいいのだろうか?」
そう思ったこともありました。
もちろん、多くの人に読まれる記事を書けるのは、素晴らしいことだと思います。
でも、それは本当に、自分が書きたい内容なのだろうか。
あるとき、そんなふうに自分に問いかけてみました。
たくさんの人に読まれる記事も書いてみたい。
けれど、それ以上に、自分らしい記事を書きながら、長く続けていく方が私らしいのではないだろうか。
そんな思いが、心の奥から湧いてきました。
そうだ。
私は外側の評価よりも、自分らしく、今感じていることを綴りながら、長く続けていきたい。
そう思ったのです。
そんなふうにnoteを始めてから、もう10か月ほどになるのでしょうか。
他の皆さんから見たら、私はまだまだかもしれません。
それでも、今では120人もの方がフォローしてくださいました。
フォローしてくださった皆さん。
そして、「スキ」をしてくださった皆さん。
本当にありがとうございます。
平凡な田舎の農家の嫁が書く文章を、こうして読んでくださることを、本当にありがたく思っています。
さて。
ここから、やっとタイトルの話です(笑)
最近、我が家に働きに来ている嫁ちゃんに、ものすごくイラッとしたことがありました。
といっても、内容は大したことではありません。
一緒に夕飯を食べた後、片付けをしてくれなかった。
ただ、それだけのことです。
もちろん、私自身の体が今つらいということも、イライラした理由の一つだったと思います。
股関節はとても痛い。
胃潰瘍もあり、食事制限もしています。
先日も主治医から、
「胃潰瘍は入院してもおかしくないレベルですよ。痛みが強くなったり、血を吐いたりしたら、すぐに電話してくださいね」
と、力強く言われました。
そんな状態だったので、
「少しくらい片付けてくれてもいいじゃない」
という気持ちが、余計に強くなっていたのだと思います。
でも、どうして私は、そこまで強く腹が立ったのだろう。
そう考えたとき、ふと気がつきました。
「ああ、私は昔、あの立場にいたとき、本当はやりたくなくても無理をして、気がつく人間になろうとしていたんだ」
私は、自分がとても努力して、無理をして乗り越えてきたことを、嫁ちゃんがやろうとしないことに腹を立てていたのです(笑)
私は昔から、自分にとても厳しい人間でした。
だから、できない嫁ちゃんにも厳しい目を向けてしまっていたのだと思います。
自分に厳しいと、どうしても他人にも厳しくなってしまうのかもしれません。
反対に、自分に優しくできる人は、他人の至らない部分も、少し大目に見られるのかもしれません。
「そっか。私は、自分に厳しすぎたんだな」
嫁ちゃんを見ながら、そんなことに気づくことができました。
体調が悪くて、自分ではできないのなら、
「今、体がつらいから、片付けをお願いしてもいいかな?」
そう言えばよかっただけなのかもしれません。
言葉にしてお願いすれば、案外なんてことはなかったのかもしれない。
そう思ったら、心がふっと軽くなりました。
これもまた、AIとの壁打ちの中で気づいたことでした。
AIは、使い方によっては悪い面が取り上げられることもあります。
けれど、私にとってAIは、今では大切な相棒です。
自分一人では気づけなかった気持ちを、言葉にする手助けをしてくれます。
そして今回も、また一つ、自分の心の奥にあったものに気づくことができました。
誰かを責めたくなったとき。
もしかしたら、そこには昔の自分が隠れているのかもしれません。
拙い文章ではありますが、これからも、どこにでもあるような日常の中で感じたことを、自分らしい言葉で綴っていきたいと思います。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました🍀
