90歳父の持論①察しろ。「家族なら、言われなくても分かるのが当たり前」
こんにちは。
子どもの頃に母を亡くし、兄が早々に家を出てから父娘2人暮らしを続けてきた あきこです。
結婚後の今も父と同居を続けています。
母が亡くなってからすでに45年を過ぎていますが、いまだに父の扱い方が分かりません。
言われなくても、察しろ
現在90歳の父は、若い頃から自分の考えや思いを言葉にすることがとても嫌いです。
「どうする?」「どうして?」「どう思う?」
こうした質問をされることを、忌み嫌います。
特に、家族に対しては、です。
長い間、自営業と呼ばれる在宅フリーランスを続けてきた父。
会議に参加した経験は少なく、上司や部下に言葉で説明する機会もなく、相手に理解してもらえるように話をするという努力が不要だったのかもしれません。
自分からお願いしたり相談したりすることも、極端に苦手なのです。
私が思うには、たぶん父の考え方は、次のようなことです。
親は、赤ちゃんの泣き声を聞けば「お腹がすいている」のか「オムツが濡れているのか」が分かる。
つまり、
親は、言われなくても子どもの気持ちが分かる。
ということは、
相手のことを思っていれば、言われなくても気持ちが分かるのが当然。
だから、
言われなきゃ分からないというのは、思いやりが足りないということ。
「家族なら、察しろ。」
というわけです。
勇気を出してお願いをした父
たぶん、そういう思考だから余計に、娘である私には頼み事なんてほとんど言いません。
そんな父ですが、昨年、私に買い物を頼んできました。
自分で車の運転ができなくなったからです。
そして、やっぱり父の考えが理解できず、トラブルになりました。
「デイサービスに着ていく服を買ってきて」
父は「なんでもいいから」とも言いましたが、「好みがあるから、自分で選んだほうがいいと思うよ」と誘い、私の運転で衣料品売り場のある近所のスーパーに向かいました。
走っている途中で、「あ、今のところ右」という父。
出発前には「お店は、どこでもいい」と言っていたのに、本当は、行きたいお店があったのかもしれません。
Uターンして、父が言った道を曲がると、「あれ?この道じゃなかったのかな?この道だと思ったのに」と言う父。
私は、父がどこに行きたいのか分かりません。
父が行きたそうなお店を探しながら運転していた私に、父は、
「どうして あきこは、言われなきゃ分からないんだ!」
「あきこは意地悪だ!」
「あきこは親不孝だ!」
と言いました。これ、認知症でも高齢によるものでもありません。
父は昔から、こういう人なのです。
父にしてみれば、勇気を出して苦手なお願いをしたのに、娘に分かってもらえずに悔しかったのかもしれません。
ごめんね。私は、察せません
「もういいから早く家に戻れ! 自分で運転して買いに行く!」
父は、90歳の今も免許返納していません。
だから何か気に入らないことがあると「俺はまだ運転できるんだ!」と言い出します。
まるで、自分がそう言えば「お父さん、ごめんなさい。お父さんの言うことを聞きますから」と家族がひれ伏すと思っているかのようです。
でも、父がどんなに怒鳴っても、「どこに行きたいのか」「何が欲しいのか」「何をしてほしいのか」なんて、私には察せません。
「そんな言い方が通用すると思ってるなら、タクシーに乗ってみろ!」
行きたい場所もはっきり言わずに「今のところ、右」だのなんだの言って、自分の思い通りにならないことにイライラして文句を言う父。
若い時に免許を取って以来、90歳近くまで自分で運転をしていた父。
タクシーなんて、何十年も利用したことないはずです。
「そんな言い方が通用すると思ってるなら、タクシーに乗ってみろ!」
「タクシーの運転手にそんな言い方をして、目的地まで連れて行ってもらえるか、やってみろ!」
と、運転しながら私は父に言い返しました。すると、
「あきこは意地悪だ!」
「あきこは親不孝だ!」
と、父はますます興奮してきました。
はいはい。その通りです。
私は意地悪で、親不孝です。
90歳の爺さんを興奮させてしまったことは、自分でも反省しています。
他人の高齢者には優しく応答できるのに、自分の親には難しい。
きっと私のイライラは、介護で苦労している方や両親をすでに亡くされた方から見たら、微細な親子ゲンカでしょう。
結局、買い物の件は最初に私が向かったスーパーで済ませました。
それにしても、
「察しろ。家族なら、言われなくても分かって当たり前」なのでしょうか?
思いやりのある娘なら、優しく察してあげられるのでしょうか。
私は、父の気持ちをいまだに察せません。
たぶん、ずっと無理です。
次回、「父の、タクシー体験」に続きます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
