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実践編2: マルチステークホルダー・エンゲージメントのフレームワーク〜Bow Tie Framework

前回、企業が行うマルチステークホルダー・エンゲージメントには、業務プロセス埋込型マルチステークホルダー・エンゲージメントと戦略課題対応型マルチステークホルダー・エンゲージメントの二つがあることを見てきた。

業務プロセス埋込型マルチステークホルダー・エンゲージメントは、営業、人事、調達、IR、広報、渉外など、それぞれの部門が日常業務の中で継続的に行う活動である。そこで築かれるステークホルダーとの信頼関係や日々得られる知見は、企業にとって重要な人的資本、組織資本、関係資本を育む基盤となる。

一方、戦略課題対応型マルチステークホルダー・エンゲージメントでは、それだけでは十分ではない。M&A、新市場への進出、事業再編、工場閉鎖、アクティビスト対応、危機管理、規制対応など、企業価値を左右する重要な経営課題では、それぞれの部門が持つ知識を統合し、多様なステークホルダーとの関係を全社的な視点で設計する必要がある。つまり、日常のエンゲージメントを、企業全体の意思決定へと結び付けるマネジメント・プロセスが必要になるのである。

ここまで、その必要性を理論的に見てきた。
フリーマンは、企業は株主だけではなく、多様なステークホルダーとの関係の中で存在すると考えた。ミッチェルらは、すべてのステークホルダーが同じ重要性を持つのではなく、経営課題によって優先順位が変わることを示した。

また以前の記事で、企業価値は人的資本、組織資本、関係資本が循環することによって実現され、その循環を生み出す経営プロセスがマルチステークホルダー・エンゲージメントであると考えてきた。

しかし、これらの理論は、「誰を考えるべきか」「何を重視すべきか」という原則を示してくれる一方で、それを企業の意思決定としてどのように実践するのかまでは教えてくれない。

現実の経営では、複数のステークホルダーの期待が交錯し、ときには互いに対立する。企業は、そのすべてを理解した上で、何を優先し、どのような企業価値を実現するのかを判断しなければならない。そして、その判断を組織全体として一貫した行動へ落とし込む必要がある。しかし実際には、多くの企業が同じような失敗を繰り返している。

戦略課題に直面すると、経営陣も担当部門も焦り、目の前の問題への対応に追われる。最も強く声を上げているステークホルダーへの対応が優先され、本来実現すべき戦略目標を見失ってしまう。批判に対して個別に対応するうちに、企業として何を目指しているのかが曖昧になる。あるいは、自社の論理だけで説明し、「正しいことを説明すれば理解してもらえる」と考えてしまう。部門ごとに対応を進めた結果、顧客には顧客向けの説明、従業員には従業員向けの説明、投資家には投資家向けの説明を行い、それぞれは間違っていなくても、企業全体として一貫したナラティブが失われてしまうことも少なくない。こうした状況では、エンゲージメントの回数は増えても企業価値の実現にはつながらない。むしろ対応が散漫になり、ステークホルダーとの信頼を損ない、問題をさらに複雑にしてしまうことさえある。

戦略課題対応型マルチステークホルダー・エンゲージメントで重要なのは、すべての期待に応えることではない。企業として何を実現したいのかという戦略目標を明確にし、その目標に照らして、誰と、何のために、どのような順序でエンゲージメントを行うのかを設計することである。

そのためには、理論だけでは足りない。理論を実践へ落とし込むためのマネジメント・フレームワークが必要になる。

Brunswick Groupでは、そのためにBow Tie Frameworkを用いている。

Bow Tieとは蝶ネクタイを意味する。戦略目標を中心に据え、その左右にステークホルダーとの関係やエンゲージメントを配置した図が蝶ネクタイの形に見えることから、この名前で呼ばれている。イギリスで生まれたBrunswickらしい、少し遊び心のあるネーミングである。私がフランスの同僚と仕事をしていた頃には、同僚たちはこのフレームワークを「Bow Tie」ではなく、「Papillon(パピヨン)」と呼んでいた。「蝶ネクタイ」ではなく、「蝶々」という表現になるところが、いかにもフランスらしく、今でも印象に残っている。

名前は軽やかだが、その役割は極めて重要である。

Bow Tieは、コミュニケーションのためのフレームワークではない。広報やIRだけの手法でもない。企業の戦略目標を起点とし、多様なステークホルダーとの関係を体系的に設計し、その知見を経営判断へ結び付けるためのマルチステークホルダー・エンゲージメントのマネジメント・フレームワークである。

ここからは、このBow Tieを実践編の基本フレームとして用いる。

各ステップについて、その目的、考え方、陥りやすい落とし穴、実践上のポイント、さらにAIやデジタル技術をどのように活用できるかも含めて解説していく。

Bow Tieは、次の七つのステップで構成される。

1. 戦略目標を明確にする
2. ステークホルダーを特定し、優先順位を定める
3. ステークホルダーを理解する
4. ナラティブを構築する
5. エンゲージメント・ゴールを設定する
6. エンゲージメント戦略を設計する
7. 実行し、学習し、継続的に更新する

この七つのステップは、一度実施して終わるものではない。ステークホルダーとの対話を通じて得られた知見は、戦略目標、ステークホルダーの優先順位、ナラティブ、さらには戦略そのものを見直す契機となる。Bow Tieは、企業が継続的に学習し、人的資本、組織資本、関係資本の循環を促しながら、企業価値を実現していくための循環型のマネジメント・プロセスなのである。

明日以降、この七つのステップを順に見ていこう。

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