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実践編7:Bow Tie Framework STEP5 期待するステークホルダーの変化を定義する

Define the Desired Stakeholder Outcome

STEP4では、企業として一つのナラティブを構築した。しかし、優れたナラティブを持つだけでは、企業価値は実現しない。

企業価値は、企業が何を語ったかではなく、ステークホルダーがそのナラティブをどのように受け止め、どのような判断を行い、どのような行動を取るかによって実現されるからである。

投資家が投資を継続する、顧客が契約を継続する、従業員が変革へ主体的に参加する、行政が事業を認可する、地域社会が企業を受け入れる、これらはいずれも企業側の行動ではない。ステークホルダー側の変化である。

だからこのステップは、「エンゲージメントの目標」とは呼ばない。ここで定義したいのは、期待するステークホルダーの変化(Desired Stakeholder Outcome)である。

エンゲージメントの目的は「説明」ではない
実務では、ステークホルダーに説明するという表現がよく使われる。しかし、「説明する」は企業側の活動である。活動そのものは企業価値を生まない。重要なのは、その結果としてステークホルダーにどのような変化が起きたかである。投資家は理解したのか、従業員は安心したのか、顧客は契約を継続したのか、行政は企業を信頼したのか、企業価値に影響するのは、こちらである。

つまり、ActivityではなくOutcomeを設計する。
これがBow Tieの考え方である。

エンゲージメントとは「変化を設計すること」であるでは、期待する変化とは何だろうか。ステークホルダーの変化を三つの段階で考えることを提案したい。

第一に、理解(Understanding)である。企業が何を目指し、なぜその意思決定を行ったのかを理解してもらう。

第二に、判断(Decision)である。理解した結果として、支持しよう、信頼できるといった判断を行ってもらう。

第三に、行動(Behavior)である。企業価値を実現するのは、この行動である。

したがって、エンゲージメントとは、単に情報を届けることではない。理解を促し、判断を変え、望ましい行動へつなげるプロセスなのである。この考え方は、STEP3で紹介したカール・ワイクのSensemakingとも一致する。人は客観的な事実そのものによって行動するのではない。その事実をどのように意味づけたかによって判断し、行動する。

STEP4のナラティブは、その意味づけを支えるために構築された。
STEP5では、そのナラティブによって、どのような変化を実現したいのかを設計するのである。

ステークホルダーはナラティブを理解し、判断し、行動する。その行動の積み重ねによって、企業価値は実現される。つまり、企業価値を実現する主体は企業だけではない。ステークホルダーとの相互作用そのものなのである。

ステークホルダーによってOutcomeは異なる

企業のナラティブは一つである。しかし、期待するOutcomeは、ステークホルダーによって異なる。

例えば、大型M&Aを考えてみよう。投資家には、買収の戦略的意義を理解し、中長期的な企業価値向上への期待を維持してもらいたい。従業員には、将来への不安を軽減し、PMIへ主体的に参加してもらいたい。主要顧客には、サービス品質への懸念を払拭し、取引を継続してもらいたい。規制当局には、競争政策上の懸念を解消し、必要な承認を得たい。同じナラティブであっても、期待するOutcomeは異なる。

Bow Tieでは、この違いを意識的に設計する。それぞれのステークホルダーに、最終的にどのような状態になっていてほしいのか。その違いを明確に定義するのである。

Outcomeが決まれば、活動は自然に決まる

実務では、何をするのか、という議論から始まることが少なくない。しかし、これは順番が逆である。最初に考えるべきは、このステークホルダーに、どのような状態になっていてほしいのか。すなわち、Desired Stakeholder Outcomeである。

Outcomeが明確になれば、誰が、いつ、どのチャネルで、どのような順番で、どのような対話を行うべきかは自然に決まる。

例えば、大型M&Aを発表する企業を考えてみよう。

STEP1では、「新たなケイパビリティを獲得し、中長期的な企業価値を向上させる」というStrategic Objectiveを定義した。

STEP4では、「今回のM&Aは事業規模の拡大ではなく、新たな成長基盤を構築するための投資である」というナラティブを構築した。

では、投資家に期待するOutcomeは何だろうか。それは、「短期的な利益希薄化だけではなく、中長期的な企業価値向上という経営の意図を理解し、投資を継続してもらうこと」である。

このOutcomeが決まれば、必要な活動は自ずと見えてくる。決算説明会だけでは十分ではない。主要株主との個別面談が必要かもしれない。統合後のシナジー実現計画を継続的に説明する必要があるかもしれない。PMIの進捗を四半期ごとに開示する必要があるかもしれない。

つまり、Outcomeが活動を決める。
活動がOutcomeを決めるのではない。

同じことは従業員にも当てはまる。期待するOutcomeが、「将来への不安を軽減し、新しい組織づくりへ主体的に参加してもらうこと」であれば、社長メッセージだけでは足りない。直属上司との対話。部門ごとのタウンホールミーティング。統合後の役割やキャリアパスの提示。現場からの質問に答えるQ&Aセッション。こうした活動が必要になる。

行政であれば、期待するOutcomeは、「競争政策上の懸念を払拭し、必要な認可を得ること」になる。その場合、最初に行うべきは記者会見ではない。規制当局との事前対話であり、法務やGovernment Affairsと連携した説明資料の準備である。

同じナラティブでも、期待するOutcomeが違えば、活動は大きく変わる。だからBow Tieでは、活動から考えるのではない。Outcomeから逆算して、最適なエンゲージメントを設計する。

これが戦略的なステークホルダー・エンゲージメントなのである。

良いOutcomeの条件

では、良いDesired Stakeholder Outcomeとは何だろうか。

本書では、五つの条件を提案したい。
第一に、ステークホルダーの変化で表現されていること。「説明会を開催する」「動画を配信する」といった企業側の活動ではなく、「理解する」「支持する」「協力する」「契約を継続する」といったステークホルダー側の状態や行動で表現されなければならない。

第二に、Strategic Objectiveにつながっていること。Outcomeは企業価値の実現に寄与しなければ意味がない。単に好感度を上げることではなく、戦略目標の実現につながる変化であることが重要である。

第三に、観察可能であること。期待した変化が起きたかどうかを確認できなければならない。理解が深まったのか。議決権行使はどう変化したのか。契約は更新されたのか。従業員の離職率は改善したのか。Outcomeは検証可能である必要がある。

第四に、ステークホルダーごとに定義されていること。投資家と従業員では期待する変化は異なる。主要顧客と規制当局でも異なる。一つのOutcomeですべてのステークホルダーを管理することはできない。

第五に、時間軸を持つこと。すべての変化がすぐに起こるわけではない。まず理解が生まれ、その後に判断が変わり、最終的に行動へつながることも多い。

短期・中期・長期で期待するOutcomeを考えることも重要である。

STEP5で考える中核となる問い

STEP5では、次の問いを繰り返し考える。
① このステークホルダーに、最終的にどのような状態になっていてほしいか。
② そのために、何を理解してもらう必要があるか。
③ どのような判断をしてもらいたいか。
④ 最終的に、どのような行動を期待するのか。
⑤ その変化を、どのように確認するのか。

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