未来を作らなくていい時間
松だらけの道を歩いた。
前も横も同じ景色で、
どこへ向かっているのかよく分からない。
でも、不安はなかった。
出口はあると分かっていたから。
私は普段、ずっと方向を探している。
関係はどこへ向かうのか。
言葉はどんな意味を持つのか。
この選択は正しいのか。
何かに触れるたびに、先を読もうとする。
いや、読もうとする前にもう浮かんでる。
意味を作り、未来を想像し、位置を確かめる。
気づけば、常に前後左右を測っている。
松原は違った。
方向が曖昧なのに、安全だった。
進んでいるのか戻っているのか分からない。
でも、困らない。
出口はある。
人は、危険で、しかもどうにもできないときに不安になる。
でもあの場所は
「安全 × 方向不要」
だから静かだった。
私は刺激が欲しいと思っていた。
でも本当は、
強い未来じゃなくて
未来を作らなくていい時間が欲しかったのかもしれない。
出口があると分かっている迷いは、ぬくい。
無方向は、心地いい。
わたしは、意味を作りすぎるから静かでもうるさい。
