ベトナムと韓国 ドイモイ政策
第9章 ドイモイ政策
ドイモイ(刷新)は、しばしば「市場化」と
一言で要約される。
しかし、この改革を理解する鍵は、
改革の中身だけではない。
第8章で見た通り、外部回路が細るとき、
国家は冷たい二択へ追い込まれる。
1 統制を強めて不足を押さえ込むのか。
2 回路そのものを組み替えて
不足の出方を変えるのか。
ドイモイは、後者として現れた。
そして、その後者が成立するかどうかは、
改革の正しさではなく、
改革が行われたベトナムという国の形、
すなわち多層国家という構造に依存している。
ベトナムは、北・中・南で歴史の層が異なる。
それは文化の違いとして語りうるが、
より決定的には、国家運転の分布密度、
行政の文書化、教育の浸透、徴税の回路、
治安装置の配置、商流の結節点、
これらが同じではない、という差である。
統一とは、地図を一枚にすることではない。
統一とは、異なる速度の社会を、
ひとつの運転仕様で回そうとする試みである。
ドイモイとは、
その試みが摩擦で詰まり始めたときに、
国家が自らの運転仕様を組み替えた
「折り返し」だった。
9-1 単一仕様の摩擦
統一後、国家は「同じ制度を全国へ展開する」方向へ進んだ。
これは理念の問題というより、
国家運転の必要条件だった。
治安、徴税、行政、教育。
これらは互いに連動し、同じ言語で記録され、同じ手順で実行されなければ、
国家は国家としての再生産を維持できない。
しかし、単一仕様は万能ではない。
仕様が強くなるほど、
層の違いは摩擦として表面化する。
摩擦は、まず「生活」の形で現れる。
配給の詰まり、価格の歪み、物流の遅延、
現金不足。
やがて摩擦は「制度外の回路」を生んでいく。
闇市場とは道徳の崩壊ではなく、
運転仕様の不整合が生む副産物である。
統一後のベトナムが直面したのは、
この連鎖だった。
そして摩擦が最大化する場所が、南だった。
9-2 改革の入口
南、特にサイゴン(現ホーチミン市)を
中心とする都市圏には、
戦争期から国際的な物流・通貨・商業の回路が
集積していた。
現金の流通、物資の移動、家族・
同郷ネットワーク、商習慣の即応性。
国家が配分しなくても、
社会が自力で配分してしまう回路が多かった。
国家の側から見れば、
この南の回路は二つの顔を持っている。
1 統治の障害:
国家が価格・流通・生産を統制しようと
すると、その回路が別の回路を生み、
制度の外へ逃げてしまう。
2 運転の資源:
回路が回る限り、人々は生き延び、
都市は動き、税や外貨や物流が生まれる。
統一後の南に対して統制が強まると、
摩擦は増えていった。
摩擦が増えると、制度外の回路が肥大する。
すると国家は、制度を強化するほど
制度が痩せるという逆説に直面する。
この局面で国家が必要としたのは、
「南を理想へ矯正する」ことではない。
より冷たい言い方をすれば、南の現実を、
国家が制度として引き受けることである。
ドイモイは、
この引き受けの技術として登場した。
9-3 一元性の強さと脆さ
北が持っていた強みは、
一元的な統治形態である。
統一国家の中心が一つであることは、
治安・行政・教育を接続し、
国家を崩さない条件を作る。
戦後の不安定な環境では、
統治の一元性そのものがインフラになる。
しかし、一元性は同時に脆さも抱える。
単一仕様は、
層の違いを吸収するには強すぎることがある。強すぎる仕様は、現場の自己流運転を増やし、
統制の外側に「別の回路」を発生させる。
別の回路が肥大すると、
国家はますます強い仕様を要求する。
すると摩擦が増える。
摩擦が増えると、
別の回路がさらに肥大する。
この循環が続けば、国家運転は“正しさ”を
強めるほど、“現実”を失っていく。
ドイモイは、
この悪循環を切るための回路設計だった。
9-4 市場の制度化
「市場導入」で重要なのは精神論ではない。
市場は、放っておけば暴れるからだ。
価格は歪み、資本は偏り、格差は広がる。
国家が市場を導入しようとするのは、
国家が弱くなるためではない。むしろ国家は、
市場という高速回路を管理可能な装置として
取り込み、観測し、回収し、
統治へ接続しようとしたのだ。
ドイモイの骨格は、
政策の見た目が多岐にわたっていても、
方向は一つである。
制度の外側で回っていた現実の回路を、
制度の内側へ引き戻すという方向だ。
1 流通を止められないなら、流通を制度化する
2 価格を固定できないなら、
価格形成を制度の内側へ置く
3 私的取引を消せないなら、私的活動を課税・
許認可・法人制度へ回収する
4 外貨が必要なら、
外資・輸出の回路を制度として整える
闇の回路を正面から潰すのではなく、
光の回路へと引き上げたうえで、回収する。
市場を“自由”として称揚するのではなく、
市場を“観測可能な回路”として整備する。
ドイモイは、追い詰められた国家が選んだ
現実的な捕捉技術だった。
9-5 南の接続
ここでは、多層国家という視点が効いてくる。
改革は全国に均一に浸透したわけではない。
改革は、すでに存在する層の段差を前提に、
その段差の上を滑りながら進む。
南は回路が多いがゆえに、
制度化がもたらす効果も大きい。
制度の外にあった回路が制度の内へ戻れば、
国家は「見えるもの」を増やせる。
見えれば、税が取れる。
見えれば、統計が作れる。
見えれば、治安や行政手続きへ接続できる。
南の速度は、
そのままでは国家の外へ逃げる速度だが、
制度化されれば国家の燃料になる。
この意味で、
ドイモイは「南を変えた」のではない。
南の現実を、
国家が制度として引き受け直したのである。
そして、ここが折り返しの真骨頂になる。
・統治形態は北の一元性を保つ
・経済速度は南の回路を取り込む
政治のOSを保持したまま、
経済回路だけを差し替える。
多層国家という段差の上で、
この差し替えを行うことで、
統一国家は自走の可能性を得たのだ。
9-6 折衷のコスト
市場の制度化は、成長を生む。
同時に、構造的に歪みも生む。
これは改革の失敗というより、
折衷のコストと言えるだろう。
1 都市と地方の速度差
2 外貨を生む部門と、取り残される部門の乖離
3 許認可と利益が接触する領域での腐食
4 土地・不動産・国有部門周辺に集積する
権力と利得
5 情報の自由化が限定されたまま
経済の多元性が増えることで生じる緊張
統治の一元性を守れば守るほど、
経済の多元性は制度の周縁で
摩擦を起こしやすい。
多元性を拡大すればするほど、
一元性は回収装置を太くせざるを得ない。
この相互拘束が、
党国家のまま市場経済を運転するという
現代ベトナムの輪郭を作る。
9-7 統一の請求書
第8章で見たソ連圏への接続は、
統一後の国家運転を支える外部回路だった。
しかし外部回路は永続しなかった。
外部の条件が変わるとき、
国家は内部で損失を吸収するしかなくなる。
ドイモイは、
その局面で行われた再配線である。
理念の放棄ではない。
統治形態の解体でもない。
統一国家の請求書を抱えたまま、
政治のOSを維持しつつ、
経済回路だけを差し替える。
多層国家としてのベトナムが採った
折り返しそのものだった。
次稿:
最終章 時間と統合の形
