初心者【せりふ三題噺】【アイスコーヒー葉桜昼寝】
グラスの中の丸い氷がチリリと音を立てて、少しずつ溶けていく。向かいの席の手付かずのホットコーヒーはすっかり冷めているだろう。溶けた氷で薄まったアイスコーヒーを飲みながら、つい30分前のことを反芻する。
別れよう
告げられた言葉を理解するのに、数秒ほど要した。
・・・えっ?
ユウってさ、俺のことそんなに好きじゃないよね?興味があまりない、て言うか。
それを感じる度に辛くなるよ。
彼の丸く少し幼く見える大きな瞳には、今にも決壊しそうなダムのように涙が溜まっていた。
・・そんなこと、ないよ?
やっと紡いだ言葉は、歯切れが悪く聞こえただろうか。
確かに私は感情表現が淡々としていて、冷たくとられることがある。でもそれは何に対しても同じようにそれで、表面的には。内面は楽しさ、悲しさ、愛しさ、悔しさ、色んな感情がきちんとあって、、、
あれ?でも、ほんとに彼のことは、、、
答えられなくなった私に彼は何か言っているが、ミュートにした動画を見てるように、言葉が聞こえない。
ポロポロ涙を流す彼に、分かったとだけ言った。彼は何か言いたそうにしたが、さよなら、ありがとうとだけ言うと、伝票を掴むと席を立ち去って行った。
アイスコーヒーを飲み干し席を立った。急に予定のなくなった土曜日の午後、日差しはだいぶつよい。4月も下旬となり、気温も初夏のような暑さだ。頭の中は思考停止しているような状態。街路樹の桜の木はすっかり青々とした葉桜となっていて、強い日差しを遮ってくれている。
無意識で辿りついた先は、大きな池のある公園。市民の憩いの場となっているここは、普段から人が多い。楽しげな人々をよそに、1人ベンチに腰かけた。となりには先客の白い猫が丸まって昼寝をしていた。
ねぇ、私たち別れちゃったよ
寝ている猫にそっと話しかけた。
1年前の、あの時は桜が満開で。私と彼はここで知り合った。まさにこのベンチ。ほぼ同時に両端からベンチに腰かけ、あの時も真ん中にこの白猫が丸まって寝ていた。あまりにタイミングが一緒で、つい笑ってしまい初対面なのについつい話が盛り上がってしまった。
同い年、住んでる場所も近かった私たちは、仲を深め恋人同士になった。
ときめきとは違うかもだけど、もっと心地よいような、暖かくて淡い感じ?
恋がどんなものか、この歳まで分からずにいたから。彼から向けられる優しい眼差しや言葉に戸惑っていた。答えたいけど、どう答えたらいい?
そんなことを思って、はぐらかすような曖昧な態度をとっていた。
最近、彼の目にかすかな影が落ちていることに気づいていた。でも、急には変われなかった。
好き、を伝えるのが難しい、、
そう、私好きなのに。
すり、、柔らかな毛並が左腕を掠めた。
眠りから覚めた白い子がこちらに擦り寄って来ていた。
ちゃんと伝えなきゃ、今行かないとダメだよね?
白いキューピットに勇気を貰うべく小さな額の眉間をそっと撫でると、私は走り出した。彼の元へ。
間に合え。
小さく風が吹いて、青い葉桜をサワッと揺らした。
