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ラピスラズリ

色に惹かれた。
光の届かない深い深い海底のような藍色の石が付いたピアス。ティアドロップ型の藍色に、金具が付いただけのシンプルなピアス。初めて入ったアンティーク雑貨屋のアクセサリーコーナーで、ふと目についた。煌びやかでもないが、凛として媚びない美しさがあった。

人生急降下、どん底。
彼にフラれた。30歳まであと1カ月、付き合いだして5年になろうとしていた時だった。確かにここのとこお互い仕事が忙しくすれ違ってはいた。だからといって、それで心が離れるほど脆い関係ではないと思っていたのに。呆気ない最後だった。涙も出ない、言葉も出ない。家に帰り冷たい水で顔を洗う。何度も掬って乱暴にガシガシと。洗面台はビシャビシャになった。化粧水もつけず、突っ張ったままの肌でベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。
個々の時間も大事にして、依存し過ぎない。お互いが息苦しくならないために、先々長く一緒に生きていきたいと思ったからこそ、最初に決めたルールのはずだった。これが原因になろうとは。彼は多分、他に好きな人が出来た。もう元には戻らない。

勤め先のネイルサロン。今日のお客は3名。最近は5、60代の女性のお客が増えた。あと意識高い営業マンの男性で、ネイルケアだけを頼まれることも多い。今日は朝から50代の女性、同窓会があるとのことで、ちょっと華やかに。ピンクベースに花柄のアートを施した。出来上がりを眺めるお客さまのキラキラした高揚感に満ち溢れた表情、お礼を言われる時の喜びは何者にも変え難い。2人目は20代女性の専門学校生、今夜推しのライブに行くとのこと。推しのメンバーカラーを使ったデザインをご所望。ペールブルーにグループのモチーフを配したデザインで、少しラメを使いオリジナリティを出した。こちらも高評価で、喜び勇んでライブへと向かって行った。3人目は仕事終わりの男性サラリーマンで、オーダーはネイルケア。お疲れ気味のその客は施術中にうつらうつらしている。
先日別れたばかりの彼も、ネイルケアに来たお客の1人だった。何度か指名されているうちに親しくなり、付き合うに至る。同い年で趣味も似ており自然体でいれたので居心地もよかった。だからこのままずっと一緒に過ごすんだろうと思っていたのだが、そう思っていたのはどうやら私だけだったようだ。いつ心が離れたのだろう。気配すら感じなかった。もっと一緒にいて、近い距離を保っていたら彼の心変わりに気づけただろうか。今となってはわからない。

「そのピアスの色、素敵ですね。今日はそのカラーにしたいです。」
その日来た女性は数年来の客で、仕事の関係上基本的にケアのみをされる方だ。
「今日はカラーをされて大丈夫なんですか?」
と尋ねると、
「私、転職するんです。今までの職場にちょっと疲れてしまいまして。次までしばらく時間があるので、ネイルを楽しみたくて。」
「それでしたら、新しい門出ということで、気合いをいれてデザイン頑張りますね!」
ベースはピアスの色の藍色。より色味を近づけるためカラーを混ぜていく。藍色は単色だとかなり大人しめになるので、ラメを入れて煌びやかさを足す。それでも寂しいので、だんだんと明るめのブルーに変化していくグラデーションアートにしてみる。深海から光の差し込む水面へと上がって行くイメージ。
とても気に入ってもらえた。
「そのピアスの、ラピスラズリの石の意味。持ち主に試練を与え成長を促し真の幸運へと導く、らしいです。今日はありがとうございます。」
にっこり笑ったその女性客は店を後にした。
ドアを開け空を見上げて背伸びする。初冬の空気は冷たいが、空は澄んで晴れ渡っていた。





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