小説『家出は晴れ渡る空の下』
はじめに
これは実話に基づいた創作です。
この話に出てくる母がこの度亡くなったので、
書き留めておいた話を放出します。
話を読む前提として、
私は虐待やネグレクトののち、一度は家出を決行しましたが、
連れ戻されて2ヶ月家に監禁されていたことがあります。
今は実家と遠いところで穏やかに暮らしています。
家出を考えてしまうくらいの家庭に生まれてきちゃった人たちへ
親との関係に悩んでいる人へ
家出した先で楽しく過ごしている自分が地球のどこかにいることが、
誰かの希望になりますように。
詩:家出少女の憂鬱
自分の声から嫌いな人の声がする
自分の顔見て嫌いな人を思い出す
あぁ嫌だ、あぁ嫌だ
早く誰かにならなくちゃ
本編「家出は晴れ渡る空の下」
リビングにある大きな窓から強い日差しが差し込んでくる。
素敵な昼下がり。
いつのことだかもう定かではないが、
私を産んだ女が、私に向かって憎悪を剥き出しにしていた日があった。
「◼︎◼︎は私のこと今までずっと愛してくれてないよね? どうして愛してくれないの? アンタが私のこと愛さないから、私もアンタを愛せないの! 私を、愛して欲しいの!!」
産まなければよかったと、失敗作だと罵りまくったその口で、
あざができるまで殴り、髪を引っ張った挙句勢い余って抜いてしまったその腕で、
私は愛されて当然だと信じきっている旨と、私の怒りは当然だという旨を
私の前で必死に表現していた。
ありあまる憎悪を向けられていた私の胸中はひどく穏やかだった。
窓から差し込む日差しが愚かな矛盾を抱えながらも堂々と醜態を晒し続けている女の顔左半分を眩しく照らしていて、右半分は強い影で良く見えないそのコントラストを
あぁ、美しいな
と、まるで映画のワンシーンに見惚れるような感想しか抱いていなかった。
非常に滑稽で無様ではあるが、
そこに少女のような純朴なイメージが重なり、
なぜか”人間”っぽさを感じた。
それは娘であるはずの私には持ち合わせてない美しさだなと、
自分の中の美しさの基準が変わってしまうほど、惹かれてやまなかった。
女は言った。
「私のこと、本当は嫌いでも構わない。でも”家族”なんだから私のことを愛してるふりをして、これからは穏やかで幸せな家族を演じていこうよ!」
私は思った。
そんなことを思っていた時期もあったなと。
それがきっかけとなって、まるで死にかけの老婆がひだまりの中で昔を思い返すように
自分もまた静かに昔を思い出し始めた。
女はその後も何かを激しい剣幕で訴えていたが、
夜のカエルの鳴き声のように自然と聞き流していた。
母からへの愛を得ようと、姉という役職を必死に遂行しようとしていた幼い頃。
復讐するために完璧な娘を演じようと決意したあの明朝。
復讐なんて他人軸で生きるのはやめようと
部活に没頭し怒涛に生きていた数年前。
それでも家に帰るたびに妹との格差を感じ、
本当は親というものに認められたかったんだと、
惨めさとやりきれなさで1人涙を流した夜。
帰る家がここしかないことに無力さを感じ、
帰宅途中の電車で過呼吸になりながら、
いつかは家を捨てると決意したあくる日。
いつの日も一番の味方は自分自身のみであった。
控えめに言えば可哀想な私が非常に愛おしく思え、
ここまで命をつないでくれた自分たち一人一人に感謝と愛を感じていた。
「なんか話しなさいよ!!」
カエルが飛びかかってきた。
私は優しく微笑んだと思う。
「そりゃもう、愛していたよ」
その言葉を聞いたカエルは今までが嘘のように鳴くのを止め、
私の顔を気味が悪そうに凝視した。
その時の私がどんな顔をしていたか、聞くのを忘れてしまったままであることが悔やまれる。
しかし聖母並の慈愛と何かの諦念に溢れた気持ちで伝えたことは覚えている。
愚かなカエルを優しく包み込んであげようという気概が生まれ、
私は日常会話をするかのごとく話しかけてあげた。
「本当は怖いんでしょ。私のこと」
「いつか仕返しされるかもって、怯えているんだよね。わかるわかる」
「でもそれってさ、自分がやったことがじわじわと毒のように効いてきていて、さらに私のこと何にも知らない…てか知ろうとしなかったせいじゃないかな? 私が愛してるかどうかの話じゃないと思うんだよね。だって私は愛していたし、しかも仕返ししようとか、今は微塵も思ってないだもん」
「ママが恐れている◼︎◼︎はさ、虚像なんだよ。そんなやついないの。だからそんなに怯えなくていいんだよ」
「まぁそんなこと言っても怖いって思っちゃうよね? だったらさ、もうお互い関わらない方が、これ、お互いのためだと思うんだよね」
「愛してほしいって思うのは素敵だなって思ったし、なるべく叶えてあげたいなって思うし、今のママは美しくて作品にしたいくらいなんだけど…
ごめんね。愛は底尽きるみたいなんだよね」
「『愛していた』じゃ、ダメそう??」
カエルはモキュモキュと顔を手で歪ませた。
「そうやって普通でいるところが怖いの…」
お前がそう育てたんだろ。
という嫌悪は胃に押し込み、
「やだなぁ、昔はちゃんと泣いてたじゃない」
と軽く笑って見せた。
「思い出させないで。アンタのそういうところが嫌いなのよ」
私なりの気遣いを受け取ってもらえず多少不服ではあったが、
いくつもの感情を投げ捨ててここまで生きてきた自負もあるので、
ひどいなどと可哀想ぶるのはやめておいた。
やっぱり自分は気の利いたことすら言えない欠陥品なんだよな〜とぼんやりと考え、
それでもと自分なりの励ましをしてやろうと思った。
「昔さ、3歳くらいの◼︎◼︎ちゃんのアルバム見てさ、『この子どこ言っちゃったんだろう〜?』って言ってたよね」
「そう、あの頃は可愛かった」
「早く捜索願だして探してあげなよ」
「 」
「その子もきっと寂しがってるよ、幼い子がママとはぐれるなんて辛すぎじゃん」
「なんでそんなひどいこと言うの?◼︎◼︎はあなたじゃない」
カエルはオイオイと泣きはじめる。
「え? だってアルバム見た後私の方見て『お前誰?』って毎回言ってたじゃん。 え、ひど〜い! 本当は同一人物なのに嘘言って小学生の子に嫌がらせしてたの?」
明るく振る舞うのにややオーバー気味でリアクションした自分がいた。
そんな自分は最高に愛らしく、そして気味が悪いなとさらにニヤニヤしてしまう。
「だってそれは仕方ないじゃん」
カエルは不貞腐れたようにブツブツと言う。
せっかく良心で助言してやっているのにつくづく醜い生物でひどく美しいなと感心する。
「まぁいいよ。私はその昔の写真見ても自分だって思えないから。それは私じゃないし。その子は別の◼︎◼︎ちゃんだと”私は”思ってるんだよね」
本心である。
嫌がらせで言っているのではなく、
本当に昔の写真の中から自分を見つけることができないのである。
中学だかの時に自分の思い出アルバムを作ろうという授業があったが、
幼い自分を切り抜く作業ができなかったために、
たくさんの園児が写っている写真を貼ったくらいだ。
『自分だけで思い出を語ることはできない』
自分が見分けられないクズの適当な言い訳に、
先生はひどく感心して、周りの子も真似し始めたのが懐かしい。
目の前のカエルがピーピーと声をあげるが言葉を紡げなくなったようなので、生物として認識できなくなる前に私は言いたかった助言を吐く。
「行方不明の◼︎◼︎ちゃんなら、探し出せばきっと愛してくれるよ。
頑張ってね」
ドロドロに溶けた美しい生物に前向きなエールを送ったあとは、さっさと自分の部屋に戻ったはずだ。
ハマっていたゲームのことか、明日のバイトのことかを考えていたと思う。
それほどまでに、あの生物の癇癪は日常的で煩わしいイベントだった。
精一杯の”愛している”を受け取ってはくれなかったあの生物には、今はもう興味すらない。
そんな私は今日、家を出る。
友達から『家出はめっちゃ晴れた日にしろよ』と言われていた。
連絡する気がおきず返信を怠っていても、
どれだけ生きる気力をなくしていても、
構わずに他愛もない連絡をよこしてくれた、
お節介で世間知らずな私の自慢の友人だ。
一週間前に
『三月三日に家を出ようと思う』と連絡をしたら、
『その日は晴れだからヨシ』
と、いつものように軽いノリで返ってきた。
でもすごく慎重に返してきたことがわかる。
あいつにしては返信が10分ほど遅かったからだ。
そしてまた10分して
『気温もヨシ』
と付け足してきた。
この恩は忘れてやらない。
家出が成功したら、まず初めに会うのはこの友人だと決めていた。
そしてとびきりの笑顔をみせて、精一杯元気に見せるのが、
正しい感謝の伝え方だと思ったのだ。
もう心配かけまいと思っているのだ。
2ヶ月ぶりの外はずいぶんと暖かくなっていた。
私は2ヶ月で3キロ軽くなった。
でもそれ以外は変わっていない。
近所の家の窓に映る私は、人間の形をしていた。
空は嫌なくらい綺麗だった。
加湿器の水を飲んで生活していたことが
ドッグフードをあてがわれていたことが
たまに見る夢が唯一の救いだったことが
まるで白昼夢であったかのように
空は澄んだ色をしていた。
駅までの道中、涙が止まらなかった。
もうこの道を歩くことはない。
たまに同級生がでてくるラブホテルも
全然信号が変わらない国道17号線の横断歩道も
漫画も映画も借りまくったTSUTAYAも
全部全部、もう私の目に映らなくなる。
もう惨めな思いでこの道を歩いて帰らなくて済む。
今までの何かがプチッと切れて、
よかった、よかった、もう終わりなんだと泣いてしまう。
最後の通学路は何も見えなかった。
籠原駅は見えなくても歩けるから助かった。
早く友人に感謝を伝えたかったから、
駅を散策するのはやめにした。
友達とディズニーに乗った電車
単語帳を開いて必死になっていた待合室
友達とバイバイしておりた2番線ホーム
元彼の家に行く時に一緒に渡った陸橋
悲しい思い出を数えられないくらい
幸せだった思い出をあげたらキリがない。
私は籠原駅に思い出を置いていくんだ。
そしてもう2度と帰らない。
最後の籠原始発の湘南新宿ライン特別快速
最後の熊谷市歌Aの駅メロ
もう、あの押しボタンは使わない
12号車の角の席
昼時は日陰になるから心地がいい
あぁ
見慣れた車内
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青色の座席
くたびれている乗客
最後くらいボックスシートに座ればよかったな
あぁ
見慣れた車窓
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洒落た一軒家に
向こうまで広がるねぎ畑
生活圏は割と栄えたところだったけど、
ちゃんと田舎をしているんだよな
ごめん
熊谷駅で一回おりていいかな
駅中のつけ麺やさんだけ
いや
アズ熊谷だけ
いや
ニットーモールまでにする
恩師に見せる顔はない
何かを買うお金はないけれど
お店を一件ずつ回って、
そこにある思い出を
一個ずつ
置いていっていいかな
だって多すぎるんだ、どこもかしこも
幸せな思い出ばかりなんだ
許してくれ
遅れていったって君は気にしないだろう
池袋で待っていてくれ
音楽 :アネモネリア『巣立ちの歌』
(了)
