【漫画】灰の暁月 1話




雑居ビルが立ちならぶ通り。
スクーターでここまで移動してきた篠崎と妻夫木は、この辺りでは一番高い8階建てのビルの中へと入っていく。
エレベーターの「上」ボタンを押す。だが反応はない。
「……また止まってる」
コンクリートがはげている壁や床が補修される様子は今のところないが、エレベーターは早く直してほしい。こちらは死活問題だ。
もう一度「上」ボタンを押してみる。反応はない。連打してみようかと思ったが、妻夫木が諦めたように階段を上り始めたので、篠崎もそれについて行く。
「……学校は、楽しいか?」
妻夫木が声がぼそりと響く。少し高めの、揺らめく光のような音。
「楽しいですよ。授業は最悪ですけど」
「……そうか」
2人で階段を上り始める。急いでいないので、のんびりとした足取りで。
「妻夫木さんは学校行かなかったんでしたっけ?」
こくん、と頷く。
「ずっと机に座ってるの退屈だから、行かなくて正解ですよ。あ、でも頭いいんですよね妻夫木さん。ズルいなぁー」
「……ズルいと言われても、」
「体育とかは好きなんですけどねー。あ、あと弁当!」
小さく妻夫木が笑う。それを聞いた篠崎の声はさらに明るくなる。
「あー妻夫木さんが学校にいれば、もうちょっと楽しくなるのになぁ。どうして2年早く生まれてきちゃったんです?」
「……それは俺にはどうにもできない」
あはは、と篠崎は楽しそうに笑う。いつも楽しそうな表情をしているな、と妻夫木は思った。
階段を一段ずつ上っていく。
エレベーターが故障しているから、ときどき人とすれ違う。みんな忙しそうにかけ足だ。ゆっくり上っている篠崎と妻夫木はじゃまになっているから、すれ違うときに眉をひそめる人もいる。たぶんそれだけが理由ではないだろうが。
「ふっ……、犬か」
「妻夫木さん?」
篠崎が声をかけたが、それ以上言葉は続かなかった。
5階まで上ってきた。目的地の部屋に入る。イスも机もなにも物はない、利用していない空き部屋だ。
せめて座れるようにイスぐらい用意してほしいと思ったが、榊がそんなことをしてくれるとは思えない。
「あと30分くらい、かな?」
時計もないので予測だ。だが篠崎の感覚はだいたい合っている。
「もう今日は仕事おわりでしょ、ご飯いきましょ妻夫木さん!」
「……”まだ”30分もある」
「え、嫌なこと言わないでくださいよ。榊さん、そこまでイジワルじゃないでしょ」
すこしの間。
「……榊、だぞ?」
妻夫木は少し強く言うと、篠崎はがっくりと肩を落とす。
「そうだよなぁ、榊さんイジワルだもんなぁ」
こくこく、と妻夫木は頷く。
「この前なんか、夜にもバイトに来い、って言ったんですよ! 僕まだ高1だって知ってるくせに。ほんとイジワル」
「眉間にしわ寄せて、目つき鋭くて、」
「そうそう! それで、冗談です。って言われても冗談に聞こえないって! あ、昨日の榊さんも」


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