タイムループできるなら、天津飯(塩ダレ)をもう一度 #ソーシャルアパートメント
知らない映画に誘われた
ある日、ソーシャルアパートメント(複数人が暮らすシェア型住宅)の友達に声をかけられた。
「映画、行こ〜!」
とりあえず「行く!」と言って当日を迎えた。
タイトルもジャンルも関係なかった。
「誘ってもらえたこと」が、うれしかったので即決した。
映画館に着いてみると、上映作品は『アバウト・タイム』。
洋画で、普段はほとんど観ないジャンルだった。
ちょっとだけ不安。
でも、始まってすぐに引き込まれて感動した。
そして帰り道に気がついた。
「あ、自分はタイムループもの好きかもしれない」。
塩ダレあるとか聞いてない
王将では、ずっと「天津飯」一択だった。
「自分の葬式は、玉子でくるんで餡をかけて火葬して欲しい」
そう言うくらい、筋金入りの天津飯信者。
そんな自分に、ある日友人が言った。
「天津飯の塩ダレって知ってる?」
「え……知らん!」
早速気になって注文してみた。
「うま!!」
さっぱりしてて、通常の天津飯と比べて食べやすい。
今では店員さんに「天津飯の塩で」と、ドヤ顔で頼んでる自分がいる。
「気づき」は、他人からもらう
タイムループ映画も、天津飯(塩ダレ)も。
一人だったら、きっと一生出会わなかった“好き”だった。
誰かに誘われて、誰かに教えてもらって、
知らない世界に足を踏み入れることができる。
自分の「好き」は、自分だけで見つけられるものではない。
他人の好きを借りて、偶発的に気づかせてもらうこともある。
だからこそ、コミュニティのある暮らしの中で、誰かと関わることには意味がある。
ひとりでは出会えなかった“好き”を
人と暮らすのは、時々めんどくさい。
誰かと予定を合わせたり、1人になりたい時に話しかけられたり。
でもその一方で、ひとり暮らしでは決して出会えない出来事がある。
「今日どうだった?」
「これ食べたことある?」
「今度、○○行かない?」
たった一言で、世界が変わる。
かもしれない。
だからこそ、元気な時は自ら“巻き込まれること”も面白い。
そういう距離感で暮らせるのが、ソーシャルアパートメントやコミュニティで暮らす良さだと思う。
タイムループでもう一度、あの塩ダレを
「好き」を見つけるには巻き込まれたもん勝ち。
そしてその巻き込まれ方と、ちょうどいい距離感を自分で選べる自由が、
自分の心地の良い暮らしを作る鍵。
もしもタイムループできるなら、
10年前に戻って、そこから天津飯(塩ダレ)をちょっと多めに頼みたい。
