嵐には勝てないけど、なんとかなる夜 #ソーシャルアパートメント
コミュニティと共同で暮らす。
それは時に、面倒で、煩わしい。
でも、
いざという時、「誰かがいる」安心感は、思っている以上に強い。
なんとなく知ってる人がいる安心感
2019年、100名以上が暮らすソーシャルアパートメントで生活していた。
新築の物件に、オープニングメンバーとして飛び込んだ。
共用キッチン、リビング、遊びのスペース。
名前も知らない人と、毎日のようにすれ違う生活。
もちろん、全員と仲良くなれるわけではない。
だけど、一緒にご飯を食べたり、ちょっとした相談をしたり、
日常のなかで顔を合わせるうちに、「ちょうどいい距離感」の友達ができていった。
嵐の夜の前の日に
そんなある日、「最大級の台風が来る」というニュースが流れた。
電車は計画運休、出勤停止。
外に出るのもままならないほどの暴風が来るらしい。
その前日、何人かと相談して窓にバッテンと養生テープを貼った。
みんなで食料を買い込み、水をストックし、リビングには懐中電灯が並んだ。
誰が言い出したわけでもなく、自然と協力し合って準備を進める空気。
それはまるで、文化祭の前日みたいだった。
誰かがいる安心感
そして迎えた台風当日。
外では暴風が吹き荒れ、窓ガラスが震える。
部屋にこもっているだけでも、なんだか心がざわついた。
けれど、リビングに行くと誰かがいて、
一緒にテレビを観たり、お菓子をつまんだりして過ごせた。
その時間に、明確な“意味”なんてなかったけれど、
「誰かがそばにいる」だけで、怖さが少し和らいだ。
問題そのものは解決してないけど
世の中も、生きることも、たぶん同じなんだと思う。
あらゆる問題のほとんどは、個人の力ではどうにもならない。
自然災害、社会の構造、心の揺れ。
でも、考え方や捉え方という帆の向きを変えれば、前に進むことができる。
孤独な夜、落ち込んでいる時、
何気ない雑談がしたいだけのタイミング。
そんなときに誰かがそばにいることは、
「なんとなく安心できる」という、ゆるやかな救いになる。
煩わしいのは、煩わしいけど
誰かと暮らすことは、確かに煩わしい。
でも、いざというときの「安心感は侮れない」。
解決なんてしなくていい。
誰かがそばにいてくれるだけで、
世界の見え方が少しだけ変わる。
他力本願で、うやむやにする力。
それが、生き抜く知恵なのかもしれない。
