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ある「祭りのあと」で

知らない人の葬儀に出た。厳密に言えば、知っている。けど、ほとんど知らない人だった。

28日の夜。社内のチャット。
「◯◯のオッチャンが亡くなりました」と通知が届いた。
数週間前、近くの公園であったイベントですれ違った気がする。
話したことはない。電動の車椅子でウィーンと動いていたのを覚えているくらいだった。
お湯かんは29日、通夜は30日、出棺は31日と決まった。予定の詰まった3日間が、急に入ってきた。

28日。夜中。
人がたくさん集まったらしい。でもオッチャンは一人暮らしで、家族とは疎遠だと聞いていた。聞けば、オッチャンは困っている人を見ると助けたくなる性分だったという。お金を取るでもなく、恩を売るのが目的でもなく、ただ困っているから助ける。その結果、家族ではないけれど、家族のように思ってくれる人たちとの関係性が自然に繋がっていたらしい。

オッチャンの行動を思うと、まだまだ自分は素直に生きられていない気がした。
電車で席を譲る時も、周りの目を気にして立ち上がることすら億劫になる。
寝ているフリをして自分の罪悪感を薄めることに意識を使う。
真っ直ぐに伝えてくれた行為も、素直に受け取れずスカしてしまう。
困っている人に手を差し伸べること、誰しもが自然に湧き上がるだろう心の初動に対して、素直に行動することは本当に難しいと思う。

29日の夜。お湯かん。
まずは夕方に車でオッチャンの棺が到着。100キロを超える身体のため、「日本最大級」のサイズだった。ダンボールも巨大過ぎて何かに使えそうだった。何かは全くわからなかった。棺を出して荷物を入れ、みんなで抱えて運ぶテストをする。ストレッチャーやコロコロで運べば早いし簡単。でもそれは、“なんか違う”。だからしない。効率よりも、空気感や手触りを優先する。人の最期に触れる時、ドキドキするけど重みや手の感覚は何にも変えられない。

30日の夜。通夜。
この日も他人たちがたくさん来ていた。思い出話に花を咲かせる。
同じ場所で、別の飲み会も開かれていた。オッチャンを知らない人も手を合わせてから鍋を突く。笑い声と涙声が共存する。それぞれで盛り上がっているが、どこか穏やかな気遣いという空気で包まれていた。やがて本当の家族も現れた。数十年ぶりの再会らしい。

遠くから見守る。なんとなく見守る。そうやって数時間の間にドラマが起こり続ける。暖かくてやわらかい夜。これがオッチャンの人柄なんだと思った。

31日。雨の中のお別れ会、そして出棺。
家族、他人、日頃関わってきたスタッフの表情。
直視すると涙が出るので、意識を逸らすことに必死だった。
スマホで写真を撮ろうとする自分と、「野暮だな」とそっと手を下ろす自分で葛藤する。葬儀の時、ココぞの場面ではいつもそう。数ヶ月後には宝物になると分かっていても、その場でカメラを構える違和感に引っかかる。書くことも同じ。この出来事を「伝えたい」と思う気持ちと、言葉にするなんて「野暮だな」と思う気持ちがせめぎ合う。「残さなきゃ」と「今を大事にしたい」の間でもたつく。メディアの記者や報道のカメラの仕事をしている人も、きっと内心葛藤しているんだろうなと思う。棺は、テストしたおかげで無事に運べた。よくできていた。

人はいつか死ぬけれど、どう死ぬかは決められない。死後のことも、自分では決められない。生前に希望を伝えていたとしても、実際に決めるのは周りにいる他人たちなんだと思った。
そして、生きている最中に他人に何を残せるか。どう他人の中に生きるかは、生きているうちにしか決められない。

そのために、素直に生きることが大事なんだろうと思った。
「助けたい」と思った時にできることをする。
まずはその人を第一に考えて、利他的になること。でも泳げない人が溺れている人を助けられないように、自分自身に余裕という浮力を持ち続けなければならない。

頭ではわかっていても、いざ自分となると全くできない。
そもそも、素直って何だろう。

ある祭りのあとに、そんなことを思った。

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