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【せりふ三題噺】シーグラス海賊団

 レザーコート将軍の名で知られる男がいた。彼の家系は代々自分で狩った獲物でコートを作り、身に付ける習わしがある。

 そんな将軍が夜更け、一人で石造りの隔離塔へ向かった。老いた虜囚が牢屋に一人、将棋とかいう極東のボードゲームで退屈しのぎしている。
 東洋の簪でもまとめきれぬ白髪が乱れている。

「カラス」

 将軍が呼びかけると、白髪だらけの顔を上げてカラスがこちらを見る。カラスは七十代で、将軍の父親くらいの年齢だ。
 布切れのような服を着て、足に鎖、鎖の先に人の頭より大きい鉄球。石の牢は蝋燭の僅かな灯りと月明かりが薄暗く照らすのみ。

「どうした将軍閣下、寂しくて眠れないか?」

「たわけ、お前の皮で財布を作ってやろうか」

 将軍は牢屋の鍵を開け中に入り、しっかり錠を閉める。

「今日こそは勝つぞ」

「カカカ、毎晩そう言っておろう」

 カラスが将棋盤をこちらに差し出し、二人は石造りの床に胡坐をかいて向き合った。

 カラス老はこの近海を荒らす”シーグラス海賊団”の首領、彼が持ち掛けてきた将棋に勝てば、情報を吐くと言った。

 齢七十の老体に激しい拷問はできず、生半可では口を割らない。しかし彼は過去数十年、一度も自分の約束を破ったことは無い。将軍はそこに賭けた。

「お前も不憫よの。陸軍将軍が海賊狩りとは。王宮は兵力不足と知らしめるようなものだ」

 擦り減った駒が、湿って割れかけの盤面を打つ。

「お前こそ、何がシーグラス海賊団だ。極東の田舎海賊が海洋ロマンにでも中てられたか?シーグラスなど、ゴミの欠片が擦り減っただけの産物だろう。名前ばかり着飾りよって…。
 おい、二歩にふを打つな」

「二歩くらい見逃さんか。つまらん男じゃ」

 将軍は着々とカラスの玉将を金銀で囲む。カラスの玉将は無様に逃げまどい、香車や桂馬を次々失い、将軍の歩兵を垢のように削る程度の抵抗に留まっている。

 シーグラス海賊団はいつもこうだ。ズルや騙しは当たり前、逃げも隠れもする。騎士道精神を幼少より教え込まれた将軍には、見るだけで耐えがたい醜態である。

「王手、いや、詰みだ」

 将軍の包囲網が完成した。盤面の中央まで炙り出された玉将は四方を金銀に囲まれ、利きの隙間にある僅かな逃げ場には飛車角の目が光っている。

 万事休す——カラスよ、お前ならどう逃げる?いや、やっと捉えた。本当の意味で、この老練に勝ってみせた。将軍は内から湧き出る温かい高揚を抑えきれず、笑みを抑えるので手一杯だった。

「見事だ将軍、しかし、海賊のカシラがお行儀よく将棋のルールに従うと?」

「なんだ負け惜しみか?どんなルール違反をしてもこの包囲網を覆せるなど…おい…」

 小さな違和感が胸を突く。駒が足りない。カラスが嘲笑うのも気にせず、将軍は指で指しながら自軍と敵軍の駒の数を確かめた。

 ——歩が一人足りない。

 途端、将軍の脳裏に海賊団の犯罪記録の記述が蘇る。カラスの手癖、この老練の戦術を——!

 将軍は将棋盤をずらした。石床に小さなくぼみが一つ。そこに裏返ったト金が将軍を向いて埋まっていた。
 一歩も動かない王将の真下。まるで、敵将を暗殺する位置づけのように…。

「貴様、いつから——!」

「動くな」

 将軍は心臓が張り裂ける音を聞いた。カラスの手に、牢の鍵が握られている。

 しまった、将棋に夢中で気付かなかった。玉将が盤面で踊っていたのも、二歩で注意力を誘導したのも、いなくなったト金に気付かせないため。更にそのト金に気付いた際の動揺で、鍵をくすねたのだ。

「言っておくがシーグラスは美しいだけではない。お前は大自然の厳しさを知っているか?砕けたガラスは海を漠然と揺蕩うのではない。長年の風雨や水流の痛みに耐え、日の目を見るまで辛抱し、あの姿を成す」

 カラスのその目には研ぎ澄まされた光が宿っている。老いを感じさせない、まるで朽ちを知らぬ強かな光が…。

「お前のように、風雨を簡単にしのげる恵まれた者は、その厳しさを侮る。風の一抹、水の一滴、ガラス一粒、侮ったとき全ては残酷になる」

 カラスは鎖に繋がれた鉄球を床に叩きつけた。将軍の座っていた箇所が丸く穴が空き、将軍は瓦礫とともに下の階の牢に落とされる。

 この崩れ方、床を丸く釘のようなもので地道に打ち付け、気付かれぬほど微かに床を脆くしていたのだ。あの簪を釘の代わりに使い、鉄球一つで崩れるよう計っていたのだ。

 将軍の座る位置も、毎晩の将棋盤の位置で無意識の誘導を刷り込まれていたのだ。

 かくして将軍は鍵を奪われ、石の牢に閉じ込められた。

「では世話になった将軍閣下!またどこかで会おう!」

 カラスの牢の鍵が開く音がした。

『シーグラス海賊団・復活。捕縛に当たったレザーコート将軍のコート、合皮の偽物疑惑?』

 将軍は朝の新聞を破いて暖炉にくべた。

 老いたりとはいえ、海賊の目利きか。将軍は父祖に誇れる獲物を狩ったことがなく、劣等感を誤魔化すように、誰も知らぬ合皮を用意してコートを作らせた。

 正誤など世間はどうでもいい。中傷を積み重ねれば真実になるのだから。カラスならそう考える。

「将軍閣下、国王陛下のお手紙です」

「読み上げろ」

 言うと、従者が手紙を恐れながら読み上げる。

『シーグラス海賊団の捜索と捕縛を中止せよ。奴らは東の遠洋へ逃げ帰り、追尾の必要性なし』

 そんなわけないだろ。若き従者はそんな顔をしていた。将軍も同感だ。

「カラスは狡猾だ。巧みに逃げたフリをしたのだろう」

「では逃げた先は…」

調べないほうがいいようだ。何をされるか分からん。今はまだ、な」

 将軍は机上の、擦り減ったト金に目を落とした。”擦り減り”と”洗練”を見誤った。これが俺の敗因だ。

 将軍は、レザーコートも暖炉に喰わせた。次に狩るのは——。


■セリフ
「調べないほうがいいよ」
■三題
・合皮
・シーグラス
・将棋


▼参加させていただいた企画

【余談】
 久しぶりに熱くなって長文を書いてしまいました。最後までご精読いただきありがとうございます。

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