【せりふ三題噺】花は吹く
夏休みの自由研究に胃カメラを作る小学生がいた。ある者は天才と呼び、ある者は変態と呼んだ。間を取って異端児と呼ばせてもらう。
世界初、使い捨ての胃カメラである。
画質や操作性を削ることなく、必要な測定が終わったら外装を脱ぎ捨てるように切り離し、内部フレームだけを引き抜いて回収し、新しい外装を取り付けて再利用する。
体内に残された外装は消化され、健康被害なしで処理できる。洗浄不要で衛生的な胃カメラである。
異端児曰く、かにの脱皮から着想を得たという。
その異端児少年は病室の一室を訪れていた。同級生の少女の見舞いである。少女は昨年の冬に入院し、今年度は学校に通えない可能性が高いとのことだ。
彼女の病室には——花が吹いている——。
病室の窓際に彼女のベッドがあり、窓のレースのカーテンは風を受けると花が咲く。
異端児が作った、風を受けると発色する塗料。それをカーテンに塗り、花を描いている。風が吹くときだけ咲く花である。
しかし異端児は絵心が無く、花とも魚とも言えぬ奇怪な色彩がそこにある。
——僕ほどの物知りになれば、未発見の花を想像して描くことができる。
などと強気な言い訳をしていた。
少女はこのカーテンをいたく気に入り、異端児が見舞いに来るたび花は増えていくのを喜んでいる。
少女は入院しながら、自由研究の提出物を作った。異端児の作った塗料を使い、レーススカートを塗ったのである。少女は絵が達者であった。
白いレースの上にきめ細かな花びらの色彩を綿密に再現し、風に揺れるその姿は、想像の香りを帯びるほどに丁寧な仕上がりである。
命、外の世界、それに焦がれたからこそ、息を宿す傑作であった。
柄の出来栄えのみならず、レースの部分は外して他のスカートと付け替えることができるのである。異端児と胃カメラの話をしたときに得た発想である。
だからだろう。花畑の中に、小さな蟹が添えられている。
クラスメイトはその出来栄えに感銘を受ける傍ら、花畑に蟹がいるというミスマッチを指摘し、笑ったという。しかし異端児は黙っていなかった。
——生物研究が進んでいけば、きっと草木を共生する蟹も必ず発見される。僕らが知らないだけで、蟹が花畑にいるのは普通だ。
謎の反論である。なるほど確かに、と首肯する者もいれば、それは流石に、と言う者もいたらしい。
「やあ、調子はどうだい?」
私が患者の少女に声をかけると、少女は笑顔で言った。
「先生、今日の胃カメラは何味?」
「ブドウ味とリンゴ味、わたあめ味のどれがいい?」
異端児少年の手にかかれば、使い捨て胃カメラの外装に味を塗ることもできるらしい。胃カメラを嫌がる小児科患者に対し効果的だと、さっそく当院で採用された(私が採用した)。
「じゃあ、また明日」
少女が検査室に行くのと同時に、異端児は退室した。窓を閉め、少女を見送る。少女の退院が近いが、あの子たちが同じ学校にいられるのはあとどれくらいだろうか。
ふと、何かが床に落ちた。白くて軽い何かだ。花のような甘い香りがする。
「すきま風かな?」
拾い上げようとすると、それは——。
「あ、その忘れ物僕の」
おい異端児。なぜ病室に蟹の抜け殻を持ち込んだ。しかも花の香りなんかつけて。
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