【せりふ三題噺】きつね色の空
「この指にピッタリの指輪をください」
扉の隙間から少女の手が差し出されている。またこの遊びか。差し出された手に、毛糸の手袋を着けた。
「わ!ふっかふか!じゃなくて!!」
少女は扉を勢いよく開けた。
「人に化けるの上手くなったな。昔は片手しか化けられなかったのに」
「何年前の話よ!」
そう言いつつ、少女は手袋を外そうとしない。
少女は白無垢とドレスを上手く合わせたような和洋折衷の花嫁姿。ユリの花をひっくり返したような白く長いスカート、黒髪を覆うベール、しかし髪の結い方や袖と襟に古き和の意匠が残っている。
「立派になったな」
青年は立ち上がり、少女に近寄る。頬を赤らめて目を背ける少女の手袋を回収しようとしたら、阻まれた。
「やだ、これあたしの」
少女は花嫁衣裳に不釣り合いな手袋を放そうとしない。
すると、黒袴の男が入ってきた。耳としっぽを残した仲人だ。手が黒いのは手袋か、あるいは元の毛色か。
「よう新郎、おっと新婦もいらっしゃったか」
少女は赤面交じりのドヤ顔を見せる。男が持ってきたリングピローを見せて、用件を言う。
「指輪を預かりに来た。ったく、指輪なんて人間の風習だろ?最近の若いのは…」
青年が手作りした純白のリングピローが、桐の木の板の上に納まっている。
此度の挙式の指輪交換は、新婦少女が言い出したことである。少女は自分の渡す指輪をリングピローに大事そうに乗せる。
「新郎殿」
仲人に呼ばれ、青年は少女の手袋をそっと外す。少女の薬指に、小粒のダイヤの指輪がそこにあった。
少女は目を丸くした。手袋を着けると同時に、薬指に仕込んだ指輪を着けたのである。
「また後でつけてやる」
そう言って青年はやさしく指輪を外した。途端、雨の音がする。
「おやおや、めでたい夕立だなぁ」
仲人は耳をピクピクさせて言った。
少女の頬のように赤い空に雲一つなく、しかしポツポツと雨粒が確かに滴っている。
しかし青年は、雨の声に微かに顔が強張る。
人里を見下ろすように、山肌に根付く狐たちの山里。今後彼らは、この青年たちのように混ざっていくのだ。
古と現、山と人、自然と文明…。片方が片方を追い出すなど、あってはならない。
——青年の故郷は溶けて消えた。幼少期、降り注ぐ酸性雨に凍えながら全てを失くしていた。酸性雨により髪は赤錆びたような狐の毛色になり、成長した今も戻らない。
自然を喰い続けた文明にツケが回ってきた。そう思いながら雨に打たれていた。
「君の故郷はまだ残っている」
青年は傘を差した。もう、雨は怖くない。
「これからは、あたしと貴方の故郷でしょ。手袋屋さん」
傘に少女が入ってくれた。夕日はまさにきつね色。雲無き雨に包まれて、新郎新婦は歩みだす。
「あれ」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「えー気になる!」
少女のしっぽが出ていた。愛らしいので言わずにいた。
あの夜、手袋を買いに来てくれてありがとう。
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