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【せりふ三題噺】飛翔道場|アイスコーヒー葉桜昼寝

「葉子さーん!来たよー!」

 少年の声に、葉子は昼寝から目覚めた。油断してた。今日は祝日だ。巫女服姿の葉子は社務所のカウンターへ行くと、お守り売り場より背の低い少年が立っていた。
 葉桜神社の近くに小学校があり、そこに通う三年生の少年だ。

「こんにちは少年、今日はお参り?」
「勝負だよ!今日こそ勝つからな!」

 少年の手にはスポンジ製のチャンバラ剣を二振り、黄色い刀身に、柄が青い物と桜色の物の二振りを持って来ている。
 少年は学校帰りこの神社に寄って、一日一回葉子とチャンバラ勝負する習慣がある。
 葉子は無敗。しかし少年は諦めず毎日挑む。まさか休みの日まで来るとは思わなかった。

「はいはい、すぐ行くからちょっと待ってて」

 葉子は雪駄から草履に履き替え、社務所を出て鍵を掛けた。ニコニコと目を輝かせる少年からチャンバラを受け取り、本堂隣の芝生へ向かう。少年は青の、葉子は桜色のチャンバラをいつも使っている。

「じゃ、お賽銭してくる!」

 少年の勝負を受ける条件として、お賽銭をしてもらうことにしている。平日は10円、土日祝は50円だ。最初は冗談で言ったのだが、少年が本気でお布施するので、仕方なく受け入れている。あたしはデパート屋上の遊具とでも思われているのか。
 二人は芝生に立ち、互いに一礼する。剣を正面に構え、息を吸う。常に少年が先攻のルールである。

 少年は振りかぶりながら距離を詰める。脛を狙っているのが見え見えだ。少年は身長125センチ、葉子は172センチ、葉子の面はおろか胴も高い。常に脛狙いである。
 葉子は大股で左前に進み出てガラ空きの少年の左サイドを小突く。しかし避けられた。振り返りざまに少年は剣をぶんぶん回しながら迫るが、葉子はしゃがんで少年の足を剣で払うように刈り取る。少年はそれにも反応し、足元を警戒して下段に剣を構えるも、葉子は開いた面を軽く打つ。

「面、一本。あたしの勝ち」
「くっそー!また負けた!」

 少年は汗びっしょりでその場に倒れた。未熟な技量をスタミナと反射速度で補う、エネルギッシュな子供の戦法である。
 四月の日差しもこの地域では夏の気配を感じる時期になってきた。境内に見える桜も緑の葉を湛えつつ、花一輪が無様にしがみついている。さっさと散ってくれれば見栄えがいいのに。

「ジュース飲む?」
「飲む!」

 葉子は氷入りのジュースとアイスコーヒーを持って休憩所に腰掛けた。

「うち、引っ越すんだって」
「…え」

 少年は言った。

「だからしばらく忙しくなって神社来れないかもって母さん言ってた」
「そう、いいおうちに引っ越せるといいわね」

 口では言ったが、葉子は何か煮え切らない思いだった。この少年を特別視しているのではない。だが、いつもこうなのだ。
 妹が二人目を産んだ。元彼が重役に就いた。友達が大きな賞をとった。葉子はいつも、置いて行かれてばかりだ。今度はこの少年が葉子を置いていく。
 いや、違う。これはあたしのせいだ。自分が自分の現状を作った。他人に原因を作って甘んじた。何が”置いて行かれた”だ、変わろうとしないのはあたしじゃないか。この身の置き場は自分が決める。納得できる生き方をする。そんな自分に私はなりたい。変わりたい。「やるなら今だよ」。声にならぬ決心が、葉子を動かした。

「少年、もう一戦しようか」
「え?でも一日一回って」
「今日だけ特別、おねえさんからの引っ越し祝いってことで」

 葉子はアイスコーヒーを一気に呷り、氷を噛み砕きながらチャンバラを握った。
 いつもの芝生に二人は立った。見慣れた景色が変わって見えた。少年はやはり大振りに振りかぶって迫って来る。葉子は剣を左腰に納め、膝を折る。

 葉桜流抜刀術。最年少師範代である葉子の十八番である。スポンジの剣ゆえに剣速は落ちるものの、子供相手には充分である。
 ここ数年封じていた、葉子の本領。それは少年の胴の軸を折った。——はずだった。

「うわっ!」

 少年は間一髪で凌いだ。葉子も予想外の反射神経だ。しかしその反発で切っ先は体幹から離れた。葉子は抜ききった剣を上段に構え、低い姿勢のまま面を打つ。

「めーん!」

 手応えは確実にあった。今までで最も正確な面打ちだった。しかし、すぐさま姿勢を正した少年の面打ちの方が、先に葉子を打った。

「……はじめて負けた」
「え、ほんと?やった!」

 少年は飛び跳ねて喜んだ。色々と条件が不利だったとはいえ、師範代の本気が小三に負けるとは、しかし、葉子の心中は自分でも疑うほど晴れていた。

「おめでとう少年、引っ越した先で自慢しな。葉桜流師範から一本とったって」
「?うん!ありがとう!」

 そして少年は、去っていった。その時、最後に残った桜が散った。見渡す限りの青である。

「引っ越したんじゃないの?」
「引っ越したよ?マンションから戸建てに!」

 夢のマイホームが叶ったって父さん喜んでた!と少年は白い歯を見せた。つまり、転校するまでもない引っ越しであり、今後も少年は神社に来るのである。
 葉子は頭を掻いて空を見上げた。視界の端に葉桜が映る。花と違って、葉桜はそうそう散らずしぶといものである。


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#せりふ三題噺
#アイスコーヒー葉桜昼寝

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