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ヴァン・ダイク・パークス "ディスカヴァー・アメリカ"を勉強する〜Jack Palance (3)

ふたたびのジャック・パランス

 ここで改めて『ディスカヴァー・アメリカ』の1曲目「Jack Palance」にじっくりと耳を傾けてみよう。

 まず、歌っているのは、VDPではなく、この曲を書いたマイティ・スパロウ本人である。ただし、これはレコードのどこにもクレジットされていない。では、どうしてそう断言できるのかといえば、手がかりは、ぼくが最初に手に入れた国内盤(1978年に廉価版として出たP-4525W)のライナーノーツである。

 日本版独自のライナーノーツで、亀渕昭信や小倉エージらが寄稿しているが、中村とうようが『ニューミュージックマガジン』1972年7月号に寄せたレビューも転載されている。

 中村は「Jack Palance」に触れ、スパロウ自身の歌唱である、と明記しているのである。

 レコードはまず「ジャック・パランス」という曲から始まる。これをうたっているのはヴァン・ダイクでなく、マイティ・スパロウという、トリニダードの現役カリプソ・シンガーの中でも最高とされている人である。

中村とうよう「ディスカヴァー・アメリカ」(ニューミュージックマガジン1972年7月号)

 もう一箇所、マイティ・スパロウの名が出てくる。

 マイティ・スパロウの歌う本場モノを聞けばすぐわかるが、ヴァン・ダイクもかなりそういうカリプソ独特の歌い方をうまく取り入れ、バックのオーケストラも、アンティル諸島の楽団の泥臭いサウンドをうまく生かし、おもしろい音を作り出している。

同上

 ただ、アルバム全体を聴いてみれば分かるとおり、VDPが〈カリプソ独特の歌い方〉を取り入れ、バックが〈アンティル諸島の楽団の泥臭いサウンド〉を鳴らしている曲はほとんど存在しない。典型的なカリプソが聴けるのは「Jack Palance」だけ。もちろん、カリプソはレゲエにおける3拍目のアクセントや、裏打ちのように、耳でわかるサウンドの特徴より、歌詞の風刺性に重きが置かれている。そういう意味では『ディスカヴァー・アメリカ』が、カリプソに影響を受けた作品であることは疑いない。また、ぼくが深く勉強し、理解したいのも、まさにそういう要素だ。

 では、なぜVDPは、アルバムの幕開けにスパロウの歌を置いたのか。

 ぼくが昔から愛してやまない音楽家たちに名盤と賞され、曲作りやアレンジの才能を誰からも認められているミュージシャンが、1曲目に他人の音源をそのまま収録する───そんなラジカルな手法をとるものなのだろうか?

 80年代後半でこの曲に出会ったとき、まだ現代音楽のテープ・コラージュやDJミックスといった技法にもほとんど触れたことがなく、当時のぼくはにわかに信じがたかった。だからこそ、いくつかの可能性を思い描くことになったのである。

①スパロウが歌ったオリジナルの音源をそのまま収録した。

②VDPがあえて〈アンティル諸島の楽団の泥臭いサウンド〉を模したアレンジを作り、さらにレコードのスクラッチノイズなどを重ねて「現地録音っぽさ」を演出し、その上にスパロウが新たにヴォーカルを吹き込んだ。

 ①か、②か。それとも思いもよらないパターン③かもしれないが───この疑問に対する明確な回答を、ぼくは長年、見つけることができなかった。

 その後、手に入れた国内盤CDの解説でも触れられていなかったし、VDP本人が発言していないか、あるいは海外の好事家がブログにでも書いていないか、とネットでときどき探してみたが、見当たらなかった。

 そもそもVDPに関する記事は『ソング・サイクル』か『SMiLE』か、あるいは『ジャンプ!』か『オレンジ・クレイト・アート』あたりに話題が集中していて、『ディスカヴァー・アメリカ』を本気で掘り下げている人があまりいないのだ(それが本書を書く動機にもなった)。

 ぼくのまわりのVDP好きの友人にも、しばしば疑問をぶつけてみたが、①の可能性を皆、疑いなく信じていた。

 しかし、①と結論づけるためには、『ディスカヴァー・アメリカ』に収められた音源を特定するしかない。

 ところが、それが見つからないのである。「Jack Palance」は1956年にトリニダードのKayレーベルから78回転盤としてリリースされているが、オリジナル盤は恐ろしく入手困難だ。

 Discogsにおける過去の販売実績は2025年8月現在で、わずかに3枚のみ。そのうち2枚は盤のコンディションが最低ランクのF、Gと評価されたもので、価格はどちらも約2万5千円。

 残りの1枚はVG+という素晴らしいコンディションで、こちらは約11万円で販売されていた。つまり、自力で入手するのは現実的ではなく、仮に手に入れたとして、『ディスカヴァー・アメリカ』収録ヴァージョンと同一テイクでなければ、泣くに泣けない。

 もっとも、現在ではYouTubeやSpotifyといった配信サービスを通じて「Jack Palance」の複数の音源にアクセスできる。

 スパロウのベスト盤、カリプソ名演集、さらにはボブ・ディランがDJを務めたラジオ番組「Theme Time Radio Hour」のプレイリストをまとめたコンピレーションアルバムなどにも「Jack Palance」は収録されている。

 音質から判断して、録音年代が近そうなヴァージョンはあったが、楽器のフレージングやスパロウの歌唱の細部に違いがあり、『ディスカヴァー・アメリカ』収録の音源と完全に一致するものは見つからなかった。


 実は「Jack Palance」には元曲が存在する。といっても、民謡とか他人が書いた曲ではなく、スパロウ自身が作った「Give The Youngsters A Chance」という曲だ。1955年にGEMSというイギリス領ギアナのレーベルから、旧芸名のKing Sparrow名義で発売した。

 歌詞の骨格は「Jack Palance」とほぼ同じで、若い娘たち(Youngsters)の商売を、ジャック・パランスのような顔をした年増どもが邪魔するんじゃない、と諭す趣向になっている。

 細かい相違点もある。「Jack Palance」ではアメリカ男(Yankee)という表現だったのに対し、本作では水兵(Sailor)と、やや柔らかい呼び方になっていたり、スパロウの叔母である「ママ・ジェイコブ」以外にも、若い娘を邪魔する別のおばさんたちも登場する。

 もちろんこの「Give The Youngsters A Chance」とも聴き比べてみたが、そもそもキーが違っており、『ディスカヴァー・アメリカ』の「Jack Palance」とはまったく一致しない。

音源の発見

 ①をリストから排除し、②(シミュレーション説)か、パターン③の可能性について、真剣に考え始めていた2024年の夏のこと。

 マイティ・スパロウ(The Mighty Sparrow)名義で開設されているBandcampから、新しい音源集『Ornithology Vol. 3』『Vol.4』のリリースを知らせるメールが届いた。さっそく試聴して驚いた───うわあ、これじゃないか!

 『Vol.3』の4曲目の「Jack Palance (Early Version)」。これぞまさしく『ディスカヴァー・アメリカ』の「Jack Palance」そのものだった。ちょうど開始1分のところから始まるホーンのフレーズ、そして、続いて飛び出す「Well, I'm looking for youth / Not experience」の歌いまわし。まさしく、それ、である。で、経過時間2分のところでフェイドアウトすれば、『ディスカヴァー・アメリカ』に収録された「Jack Palance」となる。

 販売ページには〈「Give The Youngsters A Chance」を再録音した際、曲名が「Jack Palance」に改められた〉という短いメモはあったけれど、VDPや『ディスカヴァー・アメリカ』についてはひとことも触れられていない。

 さっそくダウンロードし、何度も聴き返した。間違いないという確信はあったが、念の為、音楽編集用のアプリで2つの音源を並べ、波形をチェックした。もとがSP盤のため回転数に違いは少しあったが、そこを調整すると完全に一致した。


 とにもかくにも、『ディスカヴァー・アメリカ』を初めて聴いた30年以上前からずっと、抱き続けてきた「謎」の半分はこれで解決した。

 だが、話はまた振り出しに戻る。VDPはスパロウが出した既存のレコード音源を、カヴァーではなく、そのままアルバムの1曲目に入れ直すというトリッキーな方法を選んだのだ。この事実がはっきりした今、ぼくは改めて、最初の謎と向き合わねばならなくなった。

 つまり「なぜ、彼はそんなことをしたのか?」という疑問だ。

 『ディスカヴァー・アメリカ』に収録されているダイジェスト版ではなく、オリジナルの「Jack Palance」にじっくり耳を澄ませてみることにしよう。カーニバルの喧騒を思わせる陽気なサウンドに乗せて、スパロウは痛烈な光景を描写していく。ナイトクラブで米兵(ヤンキー)とジルバを踊る、彼の叔母ママ・ジェイコブの姿だ。

 一見ユーモラスではある。しかし「ラムとコカコーラ」で描かれた「母も娘も父親も」という表現を経由することによって、その姿からはおかしさを越えて、哀しみさえ感じる。ママ・ジェイコブは、アメリカという強大な国に屈指ざるを得ず、あまりにも豊かな物質文化のおこぼれになんとか与ろうとするトリニダード社会の一部であり、コミカルだが、非常にグロテスクなカリカチュア(風刺画)の中に存在する。その一方で、人間として少しでも幸せになろうともがくタフな存在でもある。

 これまでは『ディスカヴァー・アメリカ』に収録されている尺の訳しか見ていなかったが、今回入手できた「Jack Palance (Early Version)」の歌詞を次の章でじっくり検討していこう。

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